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15:献身なる願い

 周り一面山岳に囲まれた町、リュミエ。

 四方を囲む山の内、北側の山は人の手で整備されているため、魔物の被害等は少ない。

 コルダ王国からずっと南下した、アルカダ大陸の端に位置し、リュミエの町への玄関とも言えるこの北の山は、町の人間からヘヴンズドアと呼ばれている。 


 王都から遠く離れており、その土地の性質上、町への人の出入りはほとんどない。

 多少の交易はあれど、食料自給率も高く、外界と切り離されたような錯覚を覚えるかもしれない。

 そんな辺境の地で、ひときわ賑わう店があった。

 リュミエの町南区に存在する、とある小さな酒場。

 


「アイリスちゃーっん! こっちジョッキ2つ追加ね!」

「おーい、こっちにも4つ頼むよ!」

「料理はまだかーい?」

 

「はーーいっ! すぐお持ちしまーす!」 

 

 店の看板娘、アイリス・ハメリーティはグラス両手に忙しなく店内を動き回っている。

 いつもの見慣れた光景だ。


「お父さんっ。3番テーブルまだ料理出てないよ!」

「すまねえなアイリス。……できたぞ、ホレ」

「……もうっ!」


 文句一つにテーブルへと駆け出すアイリス。

 その様子を見ている客席からは笑い声がいくつも上がる。


「はいっ! お待たせしました! ごめんなさい!」

「いや〜……そ、そんなに待ってないから大丈夫だよ〜。が、頑張ってね〜」

「ありがとうございますっ! 頑張ります!」


 料理を運ばれた客は顔をニヘヘ〜と歪ませる。

 この店に通う男衆の大半は、亭主の一人娘であるアイリスの健気な可愛さに参ってしまっていた。


 元傭兵の亭主ドボルグ・ハメリーティの人柄を慕って店を訪れる客も多いが、それでもこの店の異常な人気はアイリスの功績によるものだろう。

 ドボルグも、町の人間も、一生懸命に働くアイリスを心の底から愛していた。

 そしてアイリスも、父親や町の皆を慕い、なによりもこの店を愛していた。



「お父さんっ」

「……ん?」


 店を閉めた後、売り上げの集計をするドボルグにアイリスは声をかけた。

 最近、少し元気の無かった父の姿が心配になったのだ。


「お母さんには逃げられちゃったけど、私はずっといるから大丈夫だよ」

「お前……。まったく、いらん気を回すな。さっさと寝ろ」


 はーい、と舌を出したまま階段を上がっていくアイリス。

 父が照れている時はぶっきらぼうになるのを知っていた。


 ずっとこんな風に続けばいいのに……。

 そしていつかは素敵な人と……。


 甘い妄想に包まれながら、アイリスはベッドに横になった。

 明日も頑張らなくちゃ、と目を閉じ、意識は深い闇の中に落ちていく。

 そしてーー





「……はっ」


 酒場のカウンター席。

 どうやら拭き掃除の途中、寝てしまっていたようだ。

 酒場の中はガランとしている。

 人の気配など微塵も無い。


「もうこんな時間だわ。早くご飯の支度をしなきゃ……」


 慌ててキッチンに入り、アイリスは夕食の準備をし始めた。

 そして一人思う。

 ずいぶんと甘い夢を見ていた。

 もう2年も前のことを……。


 

「アイリスッ! 飯はまだか! 早く持ってこい!」


 2階からの怒号。

 今日もまた飲んでいるのだろう。

 急いでご飯を持って階段を上がると、壁に空ビンを投げつけられた。

 アイリスは派手な音にビクッと体を縮こませる。


「遅ぇぞ! 早く食わせろ!」


 酒に酔い、顔を真っ赤にしたドボルグの近くに座るアイリス。

 料理を掬い、ヒゲだらけの口に運んでいく。

 

「まだまだだな。こんなんじゃダメだ、全然ダメだ」

「……うん。ごめんなさいお父さん」


 アイリスの作った料理に文句を言いつつ、口をモグモグと動かすドボルグ。

 その姿に、アイリスは謝ることしかできなかった。

 仕方がない……。

 アイリスはドボルグの右肩周りに視線を向ける。


 ドボルグの右肩には、本来あるべき右腕がついていなかった。


 


 2年前ーー。

 リュミエの町に王国から徴兵令が出た。


 ある出来事をきっかけに、北西にあるコリビニア大陸のヴァレンティン王国が戦争を仕掛けてきた。

 それも、今までの小競り合いでは無く、大規模な軍事侵攻だった。

 平時であれば、遠く離れたリュミエには戦役など無縁のことだが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 

 ヴァレンティン王国の侵攻を重く受け止めたコルダ王国は、アルカダ大陸に存在する全ての都市や町から民を徴収。

 大陸をあげての全力で迎え討つことを選択した。


 そうして、リュミエの町からも若い男や健康な人間が王都に出向させられた。

 ドボルグも、もちろんその一人であった。


 戦争は半年も経たず終幕、辛くも撃退に成功するコルダ王国軍。

 侵攻を阻止されたヴァレンティン王国軍は、撤退していった。


 しかし、コルダ王国の受けた犠牲は小さいものでは無かった。

 徴兵した兵も死者を多く出し、なにより負傷者が数多く存在した。


 

 戦争から帰ってきた人間を、涙ながらに迎えるリュミエの町の住人。

 アイリスも父の姿を見つけてすぐに駆けつけた。

 だが、ドボルグは戦争中に右腕を失っていた。

 アイリスが見たドボルグの顔には、生気を全く感じられなかった。


 

 自慢の利き腕で料理を作れなくなったドボルグは、日を追うごとに豹変していった。

 店を閉め、2階に引きこもり酒に浸る毎日。

 身の回りのことは全てアイリスに任せ、料理もしなくなった。

 残された左腕で酒を飲みはするが、なぜか食事の時は動かさず、アイリスに命令して口に運ばせていた。


 アイリスは分かっていた。

 自分が離れていってしまわないように、繋ぎ止めるために、父はわざと世話をさせているのだ。

 ずいぶん前の事だが母に逃げられ、そして利き腕まで失い、精神的に参ってしまったのだろう。

 私だけが、父にとっての拠り所の全てなのだ。


 大丈夫だよ、私はどこにも行かないよーー。

 アイリスは秘めた思いを胸に、今日もドボルグの世話をしていた。


 だがひとつ問題があった。

 そろそろ店の貯蓄が底を尽きそうなのである。

 むしろここ1年以上、よくもった方だと言える。

 アイリスは悩んでいた。


(私が働くしかない……でも、お父さんが何をするかわからないわ)


 とにかく動いてみるしかない。

 翌日、アイリスは町の中央広場に向かった。



 広場には大きな掲示板があり、町の求人広告などが多く張り出されている。

 中にはイタズラの類いや、いかがわしいもの、表に出せないような怪しい内容の物まである。

 顔をしかめつつ、目を通していくアイリス。

 すると、その中に気になる張り紙を見つけた。


『戦う武器の無いアナタ! お気に入りの道具が壊れてしまって悲しいアナタ! ちょっと体をケガして人生に絶望してるアナタ! そんな時は我らにお任せ! 何でも直す! 何でも作る! 安心便利な何でも屋! 是非、一度足を運んでみて下さい! 気になる方はこの紙に会える日時を記載してね。迎えが参ります。依頼料は応相談。 (有)ウェムラ邪眼工房 』


「……すごく……怪しい……」


 思わず呟いたアイリス。

 こんなのどう見たって怪しさ満点だ。

 それに店の名前も意味がよくわからない。

 ただの悪戯に違いない。


 だが、それでも、どうしても気になってしまう。

 

「何でも直す……って、本当……? お父さんの腕も……治るの?」


 誰に聞いたわけでもない。

 それはアイリスの心からの願望だった。

 無意識のうちにこぼれてしまっていた。

 

 悪戯を信じたくなるほど、アイリスの心はボロボロだった。

 ドボルグの長い看護生活に、精神的に病んでいたのはアイリスも同じだったのだ。


 どうせ騙されるのだと決めつけながら、アイリスは恐る恐る紙に書き込んだ。

 時間は明日の正午過ぎ。

 父のお昼ご飯を出した後なら、ここに来て確認することはできる。

 そう思い、アイリスは掲示板を後にした。


 このまま、掲示板の前で自称工房の人間が現れるのを待ちたい気持ちもあったが、帰って家事などをしなくてはいけないので諦めた。

 

 それにーー

 少し前から町で耳にする、ある噂。

 あのストレイン・アスガルドが町に帰ってきているという。

 もしかしたら……。

 アイリスはその疑惑を確かめるためにも、掲示板に書き込んだ時間を頭にしっかり焼き付けた。




 その翌日。

 ドボルグの世話をした後、アイリスは中央広場に来ていた。


 すると、広場の様子がいつもと違う。

 少しざわついていた。


「なにかしら……」

 

 掲示板の方に近づいていくアイリス。

 すると、そこには騎士の鎧を付けた金髪の男が立っていた。

 この人はーー


「おや。君がアキュラ殿の初めての依頼人か。かわいいお嬢さんだ、アキュラ殿も喜ぶに違いない」


 アイリスの方を向いたその男。

 その美麗な顔に、見覚えがあった。

 ただし、右目に妖しく光る瞳は、何か得体の知れないものを感じる。


「我が主は南の山の工房においでです。このストレインが案内、護衛致します。さあ参りましょう」


 ストレイン・アスガルドが恭しく、こちらに手を差し出していた。




 自分は何かとんでもないことに足を踏み入れてしまったような気がする。

 アイリスはストレインの手の平を見つめながら、なんとなくそう思った。

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