8.大樹より
「ほんと、やっぱ飲んだくれの言うことはわからねえわ」
「たかが二等兵卒の救助のために特別部隊まで作るなんてな。師団長ごときの言葉に踊らされすぎだろ」
口ばかりの能なしはこう言って中井と茨城を叩く中、叩かれる当人らは既に特別部隊を完成させているという手際ぶりだった。
「堂島、あんたの隊から何人貸してくれるって?」
「俺含め3人。ちょうど一人法寺くんの同期がいましたので」
うっすらと笑う堂島に中井は不満げだ。
「堂島、一応あたしの方が上官だが、同期なんだし別にタメでもいいだろ」
「すいません大尉補佐。これが俺のポリシーなんで」
堂島茂邦曹長はマメな男だ。さまざまなことに抜かりがない。そんな彼の口元にもうっすらとヒゲがあるのだからこの部隊の忙しさを窺わせる。
「サンキュな」
中井の笑顔は滅多に見られるものではない。堂島は同期ながらにそれをラッキーと感じているのか、または不吉の兆候と感じているのかは不明だ。
10名の兵士が集まった。これにて、緊急救助用特別部隊が完成する。
「あたしの部隊の精鋭3人がいるから基本戦闘はこいつらに任せれば良い。あんたらは元々後衛ということもあるし、もしもの事態に備えた働きを要求したい」
その言葉にうなづく10人の兵士。その中に、法寺の戦友、芹沢崇人も立っていた。
美人で飲んだくれの上官を目の前に、多少なりとも緊張している彼だったが、堂島曹長がいたということもあり、少しばかり余裕が見られる。
「急ぐぞ」
中井を先頭に、晴れ空の下、14人の兵士が一気に動き出した。
ちょうどその1分前。大樹の下で雨が上がるのを待っていた法寺理貴。
少年兵が見張りをしているという事実。そして先遣隊はほぼ壊滅しているという事実。
これはいずれもこちらの軍にとって有益な情報だ。
阪井の死体を命懸けで回収した甲斐は十分にあった。
雨は一向にやまない。通り雨では無さそうだ。
「ちっ、ついてねえな」
舌打ちをして立ち上がる彼の背中は木の幹にほぼ密着していた。
息を潜め、その背中を狙う男が一人。二人。
「さっきの兵士だって…取り逃がしたなんて言ったらおっさんに絞め殺される!」
「ここで殺さねえとダメだな…どうするんだ? ここから届くのか?」
二人の少年兵だ。先程塀の中で見張りを行っていた二人である。大樹から少し離れた茂みに身を潜めている。
「わざわざスプリンクラー搭載ヘリまで呼んでこの樹の下におびき寄せたんだ。ここで殺れなかったらどこでも殺れない」
殺気を放ちながらも気配を完全に消す少年兵。キツネのようだ。
「ジョン、もしお前が殺しそこねたら、俺がダッシュで近づいて肉弾戦に切り替える。準備が整い次第加勢頼むぜ」
「わかったぜトロイ」
ジョンとトロイと言う二人の少年兵が拳を重ねる。焦点はただひとり、法寺理貴だった。
「もし、この戦いが終わって帰れたら、また一緒にサッカーしような」
「おう」
トロイがダッシュする。そして、ジョンがライフルの引き金に手をかけた。
砂埃は濡れた土であるため舞わない。足音はスプリンクラーから落ちてくる水の音が完全に消している。
故に、法寺理貴は気づかない。
彼はついていなかった。
木の幹のすぐ隣にある法寺の頭。それをめがけてライフルの弾丸が音速に近いスピードで虚空を駆ける。
殺気を感じ取った法寺。ついていないのは、幼い兵士たちにとっても同じだった。
木の幹に弾丸が弾かれる。焦げ付いた木皮は幹から削ぎ落とされ、法寺の顔に直撃した。
「うっ!」
一瞬顔を大樹の幹から離した途端、一人の少年兵が、法寺理貴のすぐそばまで短刀を構えて走ってきていた。




