6.帰路より
「この地は幸い暖かい地域ですが、俺の生まれた地は、四季のはっきりしている地域でした」
法寺理貴は語り始めた。聞こえてくるのは自分の声と阪井のわずかに感じる息遣いのみ。
「ある寒い日、ちょうど10年前くらい…俺の故郷がここみたいな激戦区になったんです。唯一の味方だと思っていた自衛軍は自分たちの領地だということを忘れたのか、瞬く間に戦火で街を包みました」
語るうちに、そのときの情景が鮮明に思い出されていく。昼前に見たあの夢の光景も同様に。
「繰り返される戦争に、街の住人たちは、戦闘開始の銃声にも慣れ、マシンガンを居間や寝室に常備するようになり、避難壕まで作ったんです」
阪井は法寺の長い話に、ずっと相槌を打ち続けていた。
「ある日のこと、いつものように街内で戦争が始まった。自衛軍曹長だった父がたまたまその日、家にいたんだけど、父は俺と母を避難壕に逃がし、家に残って交戦したんだ」
「家を飛び出した俺の背後で爆発音が置き、視界が熱風と瓦礫に包まれた瞬間に記憶が飛んで、俺は避難壕にいました。それからなんです。この能力が出てきたのは」
「…」
能力を手に入れた経緯を阪井は黙って聞いていた。そして口を開く。
「父親は亡くなられた…のか?」
「はい。 正しくは、両親がですけど」
法寺は表情を変えない。阪井の表情は見えることはないが、きっと重たいだろう。声色でわかった。
「すまないことをきいた。しかし、ありがとう。すっきりしたよ」
「俺も、大切な情報を聞くことができました。ありがとうございます」
互いに陳謝して、別れを告げた。
視界が徐々に明るくなる。木々の陰の多くの緑が視界全体に広がる。
口を閉じて息を封じた目の前の阪井に両手を合わせ、頭を下げる法寺。
「Catch your voice。 ありがとうございました」
一度対話した死体とは二度と対話できない。これにて、法寺理貴二等兵卒は、阪井裕人一等兵との本質上の別れを果たした。
大きく息を吐いて立ち上がる。
「…さあ、帰るか…」
彼はどうしようか悩んでいた。この情報を中井らに告げるべきなのかどうか。
おそらく中井のことだ。この情報を有益と判断するかどうかによっては法寺を作戦に復帰させることは大いにあり得る。
知らぬまま向かったところで阪井裕人、そしてあの時後ろで撃たれた人々の二の舞になりかねない。
薄く残った12人の靴跡を辿って、法寺理貴はただひとり荒野を練り歩いた。
ぽつりと雨が一滴。
先程広がっていた雲は雨雲へと変貌し、激戦区ににわか雨をもたらした。
薄黄色に広がる荒野は色濃く変化し、痩せた大地も一見肥沃そうに見えてくる。
「雨か…」
阪井の死体は敢えて置いてきた。二人分の装備を背負いながら歩くと、往路よりも圧倒的に疲れる。
駐屯地までまだまだかかりそうだ。
近くに大樹を見つけた。
傘のように荒野に沿って広がるこの樹に、神秘的な何かを感じたのだ。
そもそも、この地に雨が降ることもそうそうあることではない。
「珍しいな…しかし」
木陰に身を潜め、しゃがみこむ。駐屯地、そして先ほどの激戦区の塀の周辺に比べ、この荒野は圧倒的に人も緑も建物も少ない。
雨は少しずつ強くなっていく。たどってきた足跡も消えかかってきていた。
「こいつは参った……しばらく帰れそうにないな」
雨音は強くなり、周りからの音を遮断する。
たったひとり、不自然なほどに聳え立つ大樹の元で雨宿りをする羽目になった法寺理貴。
空は不思議と暗くない。




