34.治療より
水をかけて傷口を申し訳程度に消毒する。包帯で右腕を巻き、止血を開始した。
「中井さん…」
「死なせるか…中井!!」
堂島は、上司と部下という関係を忘れ、ひとりの同期の男として、中井美和を助けたいと思うようになっていた。法寺も高見も、そんな堂島の気持ちを理解し、傍らで手伝いながらじっと見守る。
「春野二等兵ら救護班は何時ごろ着きそうなんだ?」
堂島は焦った口調で法寺の回答を求めた。額の汗が追い詰められた感情を物語る。落ち着きのある彼らしくない。
「もうすぐつくはずなんです…ただ、ここに来るまでに大勢人が倒れてるから…もしかしたら逐一看てる可能性が…」
法寺が目線を堂島の方に向けた。堂島は回答に対し、生返事で「そうか…」と力なくつぶやき、手を止めずに止血作業を行う。
「私、誘導してきます! 中井さんほどの重傷者はいまのところまだ見てないので!!」
高見が走り去っていこうと立ち上がる。
「ちょっと待った! あんまり砂埃立てるなよ!」
堂島が叫んで高見に告げると、親指を立てて高見が応える。
「任せた」
「任されました! 中井大尉補佐のこと、よろしくお願いします!!」
「おう!!」
春野と茨城、そして二人の三等兵が、負傷者が犇めく柵の南側へと走っていた。
「あの法寺二等兵卒の話しぶりからして中井大尉補佐は、相当な重症である可能性が高い…応急処置をすれば助かる兵士などを処置しつつ、早急に進んでいこう」
走りながらも尚、落ち着いた口調の茨城。50を超えた老兵だとはとても思えない持久力と心肺機能だ。
「はい!」
彼の落ち着きは、春野の落ち着きも促していった。
高見も、春野ら救護班を探して走り回っていた。優先順位などは全く考えていなかった。とりあえず、中井美和さえ助かればいいと考えていた。死者や軽症者を見つけても、なるべく目をかけずに進んでいった。
――中井さんだけでも助かればいい…助かれば…
醜い感情であることは、彼女自身が一番理解していたのかもしれない。だからこそ、自身にこのリフレインを言い聞かせる。
愚行を、正当化したいのだ。
「高見特等兵!」
無我夢中で走る彼女を呼ぶ少女の声。紛れもなく春野雪のものだった。
「春野二等兵!!」
高見蓮華の表情が好転した。衛生兵の春野の登場は、中井を心配する高見にとってはかなり嬉しいことであったらしい。
「中井大尉補佐が負傷してるの! 助けて!!」
「わ、わかりました!」
春野を連れて火薬の臭いの立ち込める戦場を駆け抜ける。必死に中井に応急処置を施す堂島と、法寺の姿が見えた。
「堂島さん!! 衛生兵を連れてきました!」
「高見! よくやった!!」
堂島の表情も落ち着きだした。ベテランの茨城もいるので安心できる。法寺もとりあえずは大丈夫か、と柴田と中井を見ながら胸をなでおろした。
「それじゃあ、俺は他に生存者がいないか探してきます」
そう提案して走り去ろうとする法寺。
「だめだ」
それを強い口調で止めたのは堂島茂邦。殉死した芹沢の元上司だ。
「君は死んじゃダメだ。良いな?」
春野、茨城とともに治療をしつつ、強い視線をこちらに向けて揺るがせない。
「……だって、俺、治療に関しては全くなので……」
彼は、自分にできることがないのがただただ悔しかった。走り回って生存者を探すことさえ許されない。こんな自分がこの戦場の真ん中にいて良いのだろうか、と思い始めていた。




