35.派遣より
戦場は徐々に鎮火していった。戦死者、負傷者を次々に担架で運んでいく。先程まで晴れていた青空は曇っており、法寺理貴はそんな鉛色の曇天を見ながら肩を落としていた。
「仕方ないでしょ、それより、あんた何で前線にきちゃうのよ」
同期の少女、春野雪がその落とした肩を叩く。振り返る法寺はまたため息を吐きながらしゃがみこんだ。
「もうアンタ、センチメンタルすぎ。女々しいのよ」
春野はそう言って目線の高さを法寺に揃えた。
「そりゃさ、私にはそんな能力ないからあんた特有の辛さはわからないけどさ……戦場にいる以上、人が死ぬことなんて珍しいことじゃない。あなたの役割がその声を届けることだからって、そればかりに囚われないで。あくまであなたは一人の兵士で戦士。戦う兵士は死ぬ覚悟も同時に背負っているの。死ぬことに悔いがあろうとも、そんな彼らの死をやたら悲しんだりするのは戦った彼らに対する冒涜じゃないの?」
「……お前はわかってねえよ。俺は……一人の兵士だって自覚はある。それなのに、傷ついた仲間を助けることができねえことを悔やんでるんだよ」
「中井さんは一命を取り留めたじゃない……何もできてないわけじゃ」
「俺、一回本国に帰るわ」
法寺の宣言に、春野は目を見開いた。何を言い出すのかと、思わず低くしていた目線を高くして、法寺を見下ろす。立ち上がった両足で強く地面を踏み鳴らし、怒りをあらわにした。
「あんたまたそんなことで弱気になって……!!」
「違う。俺はもっと強くなりたいだけだ」
法寺のいきなりの決断は、その区域の作戦部隊を大きく悩ませた。この地域の作戦部隊の首脳陣での会議が開かれた。茨城白棘、堂島茂邦、志場魁皇、近藤悠太らが参加している。
「法寺の存在は、この作戦の遂行と敵の意図を見抜く上で重要だ。敵の戦死体を数体回収している。彼らの声を聞かせるだけで、今後の作戦の方針が大きく固まるというのに、それをさせることなく帰国させるのはダメだ!」
志場が声を大にして主張した。しかし、茨城はそれに反論する。
「今の彼じゃ、それをやってくれそうにもないだろ。ここのところの連戦で、後藤くんやら菅くんやらの死だけでなく、同期の春山くんの死。上司の中井くんが戦線離脱を余儀なくされるレベルの重体になるところを見ている。メンタルケアが重要であるとワシは考えますわ」
「法寺くんはそんなに弱いでしょうか?」
茨城の意見に、楽観的な近藤が調子の良い声で問う。
「法寺くん意外と結構センチメンタリズムなところがあるからね……それは同期だった芹沢からよく聞いてたよ」
茨城の代わりに堂島が近藤の問いに答えた。
「そうかあ……あ、親友も失ってるんだっけ? よく乗り越えたよねー」
近藤の声が癪に触るのか、幾人かは咳払いを始めた。
「まあ待ちなさいな。乗り越えたと言っても、そろそろ限界がくる。一気に爆発する前に一度休ませるべきではあるとワシは考えますわ」
「僕も同じ意見です。美和さんも回復しないし、多くの兵士を援軍による爆撃で失いました。作戦の方針を決めるのには時間がかかりそうですから」
茨城と堂島は法寺の帰還に賛成した。それに対して、近藤と志場は反対の立場を貫く。
「ダメだ。彼も一人の兵士である以上、役割を全うしてもらわなければならない」
「そーそー。伊野ちゃん曰く少佐が誰かに殺されてるかもしれないみたいだからさ。早いうちに手を打たないとまずいよって思うんだ」
少佐が襲撃され死亡した一件については、黒田班によって解析が進められているようで、その件について伊野梨香子らが調査の手伝いへと向かっている。
「黒田隊の隊長は確か法寺の同期だったんじゃねえのか?」
そう言ったのは熊本平助准尉。現在この作戦部隊で三番目に位が高い男だ。中井や茨城を好いていないことから、先程までほとんど意見を述べてはいなかった。金髪の頭を掻きながらだるそうに堂島の方を見る。
「黒田くんにコンタクトを取ってみれば、法寺のメンタルケアと相馬少佐殺害の一件の調査を同時にスムーズに行えるだろ。それに、この国の西方の争いを収束させた男。この南方の収束もきっとスムーズに行うだろ」
「……若い者ばかりに頼ってばかりなのは如何なものかな」
「お前が老いぼれで頼りないから今こうなってるんだろ。わきまえろ師団長ごときが」
喧嘩を始める熊本准尉と茨城師団長。若くして准尉まで上り詰めた熊本にとって、年老いても師団長に留まる、そのくせ会議での発言の声は大きな茨城が目の上の瘤でしかなかった。二人を宥める堂島の声など両者とも耳を傾けない。
数分後、鶴の一声のように会議を沈めたのは、志場魁皇大尉だった。
「とりあえず黒田隊の元に小隊を送り込む。相馬少佐の死の真相解明及び、法寺理貴のメンタルケアを兼ねてだ。その作戦隊長を、近藤曹長に任せたい。法寺、春野、そして堂島に残り数人の信頼できる兵士を連れて、向かってくれ」
後日の東から日が昇ったばかりのある日、浮かない顔をする法寺理貴を連れて近藤と堂島は西方よりの黒田隊が構えるベースキャンプを目指していた。
「気分はどうだ法寺」
「優れませんよ」
こんな様子では死者の声を聞けそうにもないな、と近藤は苦笑いしている。
――何で私連れられているんだろ……
春野雪一人がこの作戦隊の意味を理解してはいなかった。行き先を知っているのは近藤と堂島の二人だけである。ちなみに高見蓮華特等兵、安岡幸次二等兵卒も連れている。
たどり着いたベースキャンプ。数個のテントが構えられている。近藤は大きく息を吐いた。
「さてと……黒田に挨拶したら、相馬少佐の御尊顔を見ておかねえとな」
「……黒田?」
近藤の言葉に反応した法寺。そこでどうしてここに自分が連れてこられたのか理解した春野雪。
「近藤曹長、私たちを黒田京介曹長に会わせて何をするつもりですか?」
春野の問いに、近藤は笑ってはぐらかし、誤魔化した。その声に反応して、テントの入口が開く。
「騒がしいと思ったら、来客ですか。それも、懐かしい面々が揃っている」
「きょ、京介!!」
驚く法寺。テントから顔を出して微笑む黒田京介曹長。
同期の再開だ。




