32.西方より
激戦国となっている小国の西側。そこから車を走らせること小一時間。黒田曹長らの一隊は、何処かへと向かっていた。
「黒田曹長、一体どちらへ向かうおつもりで?」
黒田を補助席に乗せ、運転席に座るのは前島ドルン軍曹。サングラスをかけ、雨のふらないこの国の日照り対策はバッチリであった。窓枠に肘をつき、外の景色を眺める黒田。車が切っていく風が砂埃を立てている。
「…旧友の元に行こうと思ってね」
「例の彼…ですか?」
前島は依然と前を向いたまま黒田の言葉に応えた。黒田は「うん」と頷く。
「まあディーンさんとの対話の前に彼から電話があってね…あと伊野伍長からの伝令もあったしね。相馬少佐の動向も気になるところだからそちらに向かおうと思う」
彼らの行き先は、激戦地、南側だ。
軍師黒田の活躍で、領地を与える代わりに激しい戦争を終わらせることが西側の人民は、安堵の表情を浮かべながら黒田らを見送った。
「ああいう人が頭が良いって言うんだろうな」
「前島さんという人も私らのことよく考えてくれてたしねえ」
「奪われた土地はどちらにせよ軍用地だったし、わしらには何の影響も無くて良かったわいな」
そう良心的解釈を取る人民も入れば、逆もいた。
「あの野郎…同盟国である我々の領土を捨てやがったぞ…」
「敵とグルなんじゃねえのか」
「俺達が必死こいて払った税金を、あの国の軍のやつらが使ってると思うと虫唾が走るぜ…」
黒田曹長―本名、黒田京介。極東の島国で兵士となって、三年目にして、曹長という立場の男だ。同期の中で二番目に昇進の早い男として、軍部の上層部にも知られている。
「ドルン、ここから南側まであと何分くらいかかりそうだい?」
「5.6分でつくでしょう。あ、でも駐屯地までならもうすぐで着きますよ」
前島軍曹の言葉通り、すぐに駐屯地のテントが並ぶ地帯が見えてきた。
激戦区が近いとは思えないほど草本が生えており、周囲に荒野が広がっているとは思えないほど良い立地であった。
「ああ、こんないい駐屯地もらえて南側はいいなあ」
こんなことをぼやく黒田。まだ21歳である。
「理貴たちは戦地に向かっているかな」
黒田がそう呟いたところで、再び車のエンジンをかけ、アクセルを踏み込む前島。そこで何かを見つける。
「黒田曹長、あれ…」
誰かが倒れていた。
「…あれは? 少佐!?」
相馬淳矩少佐が、血を流して倒れていた。車から飛び降り、扉を開けたまま相馬少佐の元へと駆け寄る二人。
「少佐! 何事ですか!!?」
二箇所の銃創ができていた。黒田は叫んで彼の意識の有無を伺う。
「……黒田か…ゲホッ…」
意識は辛うじてあるが、少ししゃべるだけですぐ咳き込んでしまうあたり、かなり重傷だ。表情も辛そうだ。
「まだ近くにおるかもしれん…逃げるのだ…」
「敵がですか!?」
必死に何かを訴える目をじっと見つめる黒田。相馬の『逃げろ』というメッセージのさらに深いところまで察しようとする。
「いや、敵というより…」
再び銃声が聞こえた。次は血肉を切り裂く音が直後に聞こえる。警戒した様子で目を逸らし、また相馬の方を向く黒田。
次の瞬間、額に穴を開け、そこから大量の血を流す相馬少佐の姿が足元に現れる。
「…チッ…口封じか…」
仕留め損ねたところにトドメを刺しに来た、と言ったところだろう。黒田は舌打ちをして、相馬淳矩の遺体をくまなく観察する。
「顔は俺たちの方、つまり北を向いていた。そして、貫通した銃弾はおそらく俺の足元に転がるこいつだ」
足元に落ちる深紅に染まった弾丸を拾い上げ、まじまじと観察した。
「この銃弾はうちの軍の物だな。そして、南側から撃たれた…」
その銃弾を持ったまま、相馬の遺体を担ぎ上げた黒田。
「前島、全班に連絡、南側へ向かえ。裏切り者と思しき人物をこの場で探し出す」
何が彼の行動をそこまで確信あるものにさせているのかはわからなかったが、前島は迷いなく我が上司の指令に従う。
「黒田隊全班に告ぐ。南側へと向かい、相馬少佐を殺害したと見られる裏切り者を発見せよ」
通信機を使って全班へと連絡が渡る。数台の車が一斉に南側へと走り出した。
黒田曹長、通称、カンベエ。 彼の推理に従って、動き出したのだ。




