31.車上より
「話が違いますよ、大佐!」
何者かと電話するのは相馬淳矩少佐。志場大尉や近藤曹長のいる地点からさらに離れたところでひとり待機していた。
側近の伊野梨香子が先程までいたが、今はどこかに向かっているらしく、荒野のテントの中で戦地からの電報を待ち続けていた。
そんな中での、この電話である。
『どういうことだい相馬少佐。しかしよくもまあ爆弾を無駄にしてくれたねえ』
電話の向こうから聞こえるのは、黒い声だ。
「無駄だなんて。ただより良い作戦ができたからそちらに移行しただけのことです。決して無駄になどしておりません」
『それがどうだい? 作戦変更の結果は? 敵への被害が小さいじゃないか」
「…それはそうですが…」
おまけに自軍も敵からの爆撃で被害を受けてしまった。この上ない計算外である。
しかし、敵があそこまでの戦力を持っているのは計算外―というより、あそこまでの戦力をこの地に注いでくるというのが計算外だった。
「何か、ありえないことが起きてるような気がするんです」
相馬淳矩少佐は、一つの見解を見出したらしい。その言葉を聞いた電話の向こうのお偉いさんは、さぞかしご不満だ。
『それがわかったところでどうなる』
「いえ、しかし、この地にここまでの戦力が注がれているのは、不自然であると…」
『まあいい、今回の作戦の失敗は、君が戦犯だ。 直ちに処罰を行うからそこで待機しているように』
相馬が耳を疑うと同時に電話が切れた。
「う、嘘だろ…」
焦っていた。額の汗が眉毛、目尻を通って頬を伝う。そんなとき、聞こえるひとつの声。
「相馬さーん、すみませーん!! 西側の黒田曹長の隊がこちらに向かっているそうです!!」
伊野梨香子伍長だ。こちらに向かって走ってきている。刹那、相馬自身の背後から銃声が響いた。
軍靴のすぐ隣を弾丸が駆け抜けた。
――黒田曹長…? あの三年目にして曹長に駆け上がった…?
先ほどの大佐との電話からさまざまな思惑が飛び交う。
もしかしたら、黒田曹長が、大佐とつながっており、自分を処罰するために向かわせたのではないかと悟った。
「伊野! 逃げろ!!」
相馬が通話が終わったばかりの携帯電話を後方に放り投げて叫んだ。
伊野はその真剣な眼差しに危険を察知し、振り返らずに走り去った。軍人としての本能が働いたようだ。
「相馬さん! ご武運を!!」
「ああ!」
二三度の銃声のあと、伊野は静寂漂う荒野の駐屯地を駆けて行った。
「しかし、志場さん、こんなに急いでどうするんですか?」
近藤は運転席に座って志場に話しかける。
「…俺の部下たちが危ないんだよ…急がねばならん」
「そういうことなら俺も急がさせていただきますよ…」
近藤は強くアクセルを踏み込んだ。
息切れの音がする。全速力で何者かが駆けていた。
――まずい、相馬少佐の身に何かがあった…
電報を入れようと、通信機を近藤曹長につなげたひとりの女性。軍人:伊野梨香子伍長だった。
「近藤さん、大変です。相馬少佐が何者かの襲撃を受けた模様です」
それを離れた箇所から受け取った近藤は、アクセルを踏む足を少し浮かせた。
「相馬少佐がやばい!?」
近藤は思わず電報の内容を聞いて声に出してしまう。
志場もその様子をただならぬ状況と見た。
「どうかしたのか?」
「いえ、伊野から…」
近藤は思案した。引き返して相馬少佐の様子を見に行くか、それともこのまま向かって中井ら戦闘部隊を見に行くか。
「大丈夫なのか?」
志場大尉の言葉が、彼の心を揺り動かす。
「…」
近藤は頭髪のない頭を右手でさすった。
「問題ないです」
緩めた足の力を再び強めた。




