24.南口より
「後藤伍長!! このまま行けば、敵の軍勢と衝突します!」
後藤の後ろに立つひとりの男が、直進する彼を止めようと言葉を発した。
「…まずいのかもしれんな…」
後藤がそう悟り、進路を変えようと足を止めたその時、敵の軍勢の先頭が、自分たちに気づく。
「南口からも敵がきたぞ!!」
「どうなってやがる! 完全に包囲されてたじゃねえか!」
―まずい。
急な作戦変更が仇となり、他の前線部隊の者達への通達が間に合わず、結果、前線部隊の援護なしで、この軍勢と対峙することになってしまった後藤ら。
焦っているのは敵の方だった。しかし、自分たちも同様に焦っている。
流れる汗がそれを説明した。
じっと立ち止まって熟考している時間はない。
今求められているのは、早く、尚且つベターなアンサー。
「背中を向けるのは危険だ。東西に別れ、敵の進路を開けよう」
「…後藤さん、それで大丈夫なんですか?」
異議を呈する者は、妻子持ちの男、菅武明特等兵。
「一旦、柵から出たほうが安全です」
「しかし、一瞬でも背中を向けるのは命とりだ」
伍長と特等兵が会話している間に、傍らにいた三等兵が撃たれた。
「通野!」
地に伏せる通野三等兵。菅は彼に肩を貸す。
「後藤さん、申し訳ありません、俺は命が惜しいです」
菅の揺るぎない瞳に、後藤は仕方なしと言わんばかりに舌打ちをしてうつむく。
「わかった。一旦柵を出て、東西に別れよう」
囮部隊の5人は全員が背中を向け、柵の出口へと急いだ。
先程倒した少年兵はまだノびており、柵を出るのは容易だった。
後藤の英断は、今は吉と出た。
「俺は西へ行く! 菅、通野、春山! 武運を祈る!!」
後藤は、もうひとりの兵士をつれて西側へと走った。
そこで見つけたひとりの男。
「後藤さんッ!!」
自分を見つけて表情を明るくする男、法寺理貴だった。
「法寺! 何でお前がここにッ!!? んなことより、敵が南下してる! 逃げろ!!」
彼の言葉が、疲れきった筋肉にムチを入れる。
「はい!」
法寺も返事をして踵を返し、西へと向かう。
そんなとき、銃声が鳴り響いた。
後藤の背中から、さらに遠くへ放たれた銃弾。
おそらく、東側――菅武明特等兵らが向かった方角だ。
敵は、菅らを察知し、攻撃したのだ。
―申し訳ありません、俺は命が惜しいです。
菅は自身の直属の部下だった。
彼の結婚式にも呼ばれた。彼の愛する人は美人だった。
かわいい子と妻の写真を、彼はいつも戦場に持ってきていた。
自分も家族のいる身だからわかる。彼らがいるから頑張れるのだと。
だから菅が命を惜しがるのも納得できたのだ。
ゆえに、死なせるわけには行かなかった。
「すがぁあああああ!!」
菅への罪悪感は勿論のことながら、通野や春山にも、後藤自身の決断が遅かったせいで今危険な目に合わせていた。
後藤は重い装備を捨て、単身で敵の軍勢に突っ込んでいく。
法寺には、彼が何をしたいのかがわかった。
「後藤さん! 援護します!」
法寺はスナイパーライフルを構え、後藤に気づいて襲ってくる敵兵を次々に撃ち倒していく。
後藤は覚悟を決めていた。法寺も覚悟を決めた。
―きっと、後藤さんにとって菅さんは大切な部下なのだろう。それは、俺が死体や情報に執着することや、少年兵が友達を救うために奮闘すること、芹沢が誰かを助けるために飛び込むことと変わりない。
軍勢の前に姿を現し、気をこちらに向かせた後藤。
自らが避雷針となる。
銃弾を一斉に浴びた。
「生きろ!!」
自分の血まみれの姿を見て絶句する部下たちに、そう言い放った後藤。
しかし、その言葉は、雹のように降り注ぐ鉛たちにかき消され、誰にも届くことはなかった。
「敵軍だ!! 攻撃せよ!!」
待機していた南部前線部隊が、事の成り行きを察知し、突撃してきた。
敵軍と対峙する。そこに背後からやってきた中井ら他方部の前線部隊。
四方から囲まれた敵軍は降伏した。
作戦は成功。負傷者を幾人か出したが、犠牲者はひとりであった。
喜びに浸る自衛軍の面々、その喜びも束の間、南の方角から二機のヘリが凶音を立てながら現れた。




