15.春野雪より
芹沢を失った法寺は、上の空だ。
死者との対話の能力を使った法寺。しかし、その結果にただ呆然としているというわけでもない。感じるのはただただ無力感。
他言していない能力と前述で紹介されてはいたが、実はこの能力、芹沢を含めた法寺の三人の同期の戦友が知っているのである。
打ちひしがれる法寺理貴を、傍からじっと見つめる女性がいた。
彼女の名は春野雪。法寺らと同年に兵士になった二等兵だ。
「理貴くん」
聞きなれた声に、法寺はうつむく目線を前に傾ける。
木の陰に立つ彼女の顔は不思議と暗そうに見えた。
「ゆき…」
「大丈夫だよ。大丈夫」
彼女の声は不思議と落ち着くが、先刻にあった出来事が、それを許してはくれなかった。
「大丈夫じゃねえよ…どうしろって言うんだ」
窶れている。春野の手にはどうにもできないほどに。
「…話なら聞くよ」
彼女は掠れた声を絞り出した。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それが見えたのかどうかはわからないが、法寺は春野を隣に座らせ、口を開いた。
―辛いのは俺だけではないよな。
戦友を失ったのは、法寺だけではない。
春野はもちろん、直属の上司である堂島だってそれに該当するのだ。
だからこそ、やるせない気持ちが溢れてくる。
自身のエゴが結果的に芹沢の死に繋がってしまった。
「俺が…情報を集めることに執着しなければ、結果的に芹沢は死ななくてよかったんだ。少年兵二人を無事に捕らえることも出来たし、もっと安全に情報が手に入っても良かったはずだった」
春野も黙ってそれに頷いた。そして微笑む。
「それを誰が責めるって言うのよ。中井さん曰く半分崇人くんが命投げ捨てたみたいな状況だったらしいじゃん」
「そうなったのも元を辿れば俺のせいだ!」
春野の日だまりのような慈悲は、木陰に隠れて荒んだ法寺の心には届かない。
「トロイやジョンだって…俺を逃がさなければ、いや、俺が見つからなければこんなことには…」
「状況っていうのはそんな簡単に作れるものじゃないのよ。元を辿ればって言うけど、更に元を辿れば芹沢が救出隊に志願しなければよかった話で…」
「俺は知ってたんだよっ! 芹沢がああいう奴だって! それなのに何もできなかったから…」
光は強く照らせば照らすほど、その陰を増す。
春野雪は…敢えて優しくするのをやめた。
「いつまでウジウジしてんのよ!! 鬱陶しいわ!!」
春野は左肘を法寺の肋骨にぶちこんだ。
「俺のせい、俺のせいってなんだよ!! 慰めて欲しいかぁ? 甘ったれんなクソ野郎! 誰もお前のせいだなんて思ってねえわバーカ!」
「うるせーよ! お前は目の前で仲間殺された気持ちわかるのかよ!!」
春野は言葉を詰まらせた。法寺と違って前線に出向いたことのほとんどない彼女は、仲間が目の前で殺される体験などほとんどしていない。
ましてや法寺には、死者と対話できる能力を持っている。
能力を使って死者の届かない声を聞くことに、使命感を覚えている法寺。そんな彼のことだからほかの人以上に余計なことまで知って思いつめることが多いはずだ。
「そんなの分からないよ。でも…崇人くんが死んだのは、あんたのせいじゃないってわかる」
「なんでだよ! もし、俺がこの手で芹沢を手にかけていたとしてもか?」
「わかるよ! そんなことしてないってすぐにわかる!」
春野の目から知らず知らずのうちに大量の涙がこぼれていた。
法寺はその面を見ても、目線を少しずらすだけで、表情は変わらない。
「…ずっと一緒にやってきたじゃん…兵士養成アカデミーのころからさ…だから崇人くんがどういう行動をして、そのとき理貴くんがどう思って、それでもどうしようもできない状況だったってのもわかるよ」
「だから、崇人くんがあなたを責めてるわけないでしょ。それはさ、話してなくてもわかるよ」
彼が感じていたのは、誰に対する罪の意識だったのだろうか。
少なくとも芹沢本人ではなかったのは確かだ。春野同様に、彼の行動心理を理解していた法寺にとって、あの状況でああ動くのはその場に置かれていた段階で察しがついた。
「でもさ、そんな理由で死んでいったって説明して、遺族が納得するかよ」
芹沢や、少年兵たち…そう、死んだ者たちを待っていた者たちへの罪の意識だった。
「芹沢の両親はまだ生きてるし、俺やお前を含め同期に友達もいっぱいいたじゃねえか。敵の少年兵だって病気の母と妹が待ってるやつだっていたんだ」
法寺はゆっくりと立ち上がる。
「死者と対話する能力なんてあっても意味ないんだよ…理不尽に家族を、仲間を奪われて、その理由を言い訳くさく説明したところで何も変えることはできないんだよ」
法寺の言葉には、不思議と重みがあった。春野雪の荒ぶる感情は静まり、体育座りをする膝に顔を落とし、涙を流した。




