13.少年兵より
「…トロイ君というのか、彼は」
道具のほとんど残っていない救急箱に右手を突っ込み、左手で強くにぎりこぶしをつくり座っていた芹沢は小さく呟く。
彼の目線の先で涙に顔を歪ませる少年、ジョンは力なく頷いた。
「許せないや…こんな小さな子供に…こんな悲惨な最期を遂げさせるなんて…」
トロイはまだ10歳だ。両親に甘え、友達と遊び、将来に夢を持ち、未来を、社会を作り上げるはずだった存在が、その社会がこんなだったために未来を断ち切られたのだ。
「どうして、よりにもよって味方に殺されなきゃいけなかったんだ…」
トロイという、ひとりの少年を助けたいという真摯で暗々としていた感情は、憎悪へと変化し、その感情は、だんだん絶望へと変わっていった。
だんだん流血は黒く澱んでくる。細くなった息はもう見られない。
ここで、また一つ、命の灯火が消えたのだ。
「うあああああ!!!」
芹沢が立ち上がる。その途端だった。
「ぐっ!」
何かに誘爆されたかのように、もうひとりの少年兵ジョンの目に、闘志が映る。
彼を抱えていた柴田恭則特等兵を数発殴る。不意を突かれた筋肉だるまは、痛みこそ感じなかったが、うまく体重の乗せられたパンチに思わず仰け反ってしまい、ジョンを取り逃がしてしまう。
力なく座り込んでいたけが人、後藤晴久伍長の装備を強引に拾い上げ、重量は相当であろうマシンガンを抱え、物陰から荒野へと身を走らせる。
ジョンは、上空を旋回する凶気相手に、立ち向かおうとしていたのだ。
法寺は脳の処理を終えても、体が動かなかった。
逆に、脳の処理を終える前に体が動き出した芹沢は、その背中にまともな装備も背負わぬまま物陰からヘリの前へと姿を現していたのだ。
「せ――」
叫び声は、上空から雨のように降り注ぐ鉛にかき消された。
中井美和も、堂島茂邦も、高見蓮華も、柴田恭則も、怪我した後藤晴久も、そして、彼の同期で無類の戦友だった法寺理貴も、芹沢を止めることは叶わなかった。
脳内を、わけのわからぬオーディエンスたちが騒ぎ立てる。
ざわざわと…頭の中がうるさくなって仕方がない。
しかし、それでも、その煩さが嘘のように周囲の音ははっきりと聞こえた。
皮肉にも、それは、弾丸が身肉を貫き切り裂いていく音だった。
「しかし、ちょうどいいところに出てきてくれたぜ」
狭い操縦室は、常にプロペラが回り続ける音でうるさい。ヘッドフォンのおかげで隣の声は辛うじて聞こえるが、ほかの雑音はとてもじゃないが聞こえていない。
「口封じはこれで完了か」
人仕事終えたサラリーマンのように大きくため息を尽き、座席の背もたれにもたれる。
「サンキュ、おつかれさん」
地に倒れる二つの遺体を俯瞰しながら、操縦士はタバコを吹かして、窓からその毒たっぷりの煙を放出させる。
隣に座るマシンガンをしまった男は、眠たそうにあくびをすると、退却の指示を出す。それに頷いた操縦士が操縦桿を切れば、瞬く間にヘリコプターは向きを変え、激戦区の方へと戻っていった。
「芹沢!!」
重たい雨の音が終わると同時に、ものかげから走り出す法寺ら。
倒れる二つの身体の元へと駆け寄る。
「息は!?」
中井の声に柴田が脈を確認するが、首を横に振る。
すぐさま物陰へと連れて行く。
あまりの淡々とした作業に、法寺も息が詰まりそうで仕方がなかった。




