10.同情より
一人のガタイの良い男が、走って駆けつけ、法寺の体をすくい上げるように持ち上げた。
「うわめっちゃ濡れてる!!」
驚くのも無理は無い。法寺が雨だと思っていた降水は、ただのスプリンクラーで、人工的に水をかけられていたのだから防ぎようがない。
「すいません…」
「イイってことよ。俺は柴田恭則。特等兵だ」
法寺は思い出した。彼は中井美和と一緒にいた男だ。つまり、先刻には共に同じ隊で活動していたのである。
「柴田さん! 早くどいてください!!」
高い声が聞こえ、筋肉ダルマは法寺を某国の姫のように抱きかかえ、引き下がる。
高見蓮華はライフルを構えたまま二人の少年兵を牽制する。まだその目に殺意が見受けられた。
「厄介なの敵に回したね、法寺くん」
「はい、すいません」
高見の笑い声に、法寺は助けてくれた安心感と申し訳無さからか細い声で謝る。
「いいのよ、全然」
柴田の腕から下ろされて、法寺は力なく座り込んだ。体のいたるところが痛む。
「大丈夫かー法寺よ」
同期の芹沢の声も適当に流すことしか余力がない。
先程、阪井裕人に能力を使用した疲れがまだ残っているのだろう。一言も返さないでいると、芹沢の方から口を開いた。
「そら、とりあえず、お前は一旦気休めしろ。あとは中井さんらに任せてな」
言っても、武器を取られた二人にライフルを構えて牽制している時点で、制圧できたと言っても過言ではない。
そして法寺は伝えなければならなかった。おそらく、この二人の少年兵が、阪井を、同志を殺した者だということを。
「しっかし、かわいそうな子達だな…」
芹沢は昼間のような深刻そうな顔に戻った。あの少年兵を見てである。
はっきり言って中井美和、後藤晴久、高見蓮華の三人からライフルで囲まれているという状況は、普通の少年なら耐えられるものではない。
しかし、このふたりはじっと両手を上げ、黙ったままこの状況をやり過ごしている。
法寺は自分が10歳のころと重ねてみた。ちょうど、両親を失った頃だ。
「…中井さん、この子達、どうするんですか?」
芹沢の問に、中井は冷たい視線で応える。
「当然殺す。そこに至っては当初と方針を変えるつもりはないわ」
こう答えることがある程度予測できていたのだろうか、周りの者達は眉一つ動かさない。
「んじゃ、私がやりますね」
高見が一歩々々近づいていく。少年兵の顔はみるみるうちに強張っていく。
法寺はその様子を無表情で、まるで映画を見ているかのように見ていた。
高見の可愛らしい丸い目は鋭い目つきに変わる。軍人の目だ。
銃口を少年兵ジョンの額につける。
「ま、待ってくれ! 殺すなら俺を先に殺せ!!」
銃口を向けられ、怯えるジョンを前に、もうひとりの少年兵、トロイが叫んだ。
「高見、この少年兵の言葉に耳を傾ける必要はない。殺れ」
中井の冷徹な声が聞こえる。息を呑む法寺。黙って見ているだけだった。
「ジョンには病気の母親がいるんだ!! まだ5歳の妹もいる! ジョンが生きて帰らなきゃ、みんな不幸になるんだよ! だから殺すなら俺だけにしてくれ!」
中井も高見も、少年兵の言葉に耳を傾けない。
しかし、ひとりいたのだ。
10歳の少年、トロイの言葉が届いた人間が。
「待ってください中井さん! 高見さん!!」
今にも泣きそうな顔で立ち上がったのは、芹沢崇人――二等兵卒だった。




