第4話 正常に動作しています。①
翌朝。
「……ん」
三浦悠斗は目を覚ました。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
「……昨日のアレ」
悠斗は、ぼんやりと思い出した。
ステータス画面に突然表示された警告。
不正な数値操作。
ゲーム内の整合性。
「まあ……寝たら直ってるだろ」
悠斗はスマートフォンを手に取った。
ステータス画面を開く。
春香 好感度:999999
美咲 好感度:999999
玲奈 好感度:999999
由紀 好感度:999999
「よし」
数字は残っている。
「問題なし」
悠斗は笑った。
◆
「悠斗くん、おはよう」
学校へ行くと、春香が声をかけてきた。
「おはよう、春香」
「今日も元気そうだね」
「ああ。春香もな」
「うん。元気だよ」
春香は笑った。
「昨日はよく眠れた?」
「まあまあかな」
「そうなんだ」
「春香は?」
「私もよく眠れたよ」
「そっか」
「うん」
そこで会話が止まった。
「…………」
悠斗は少し待った。
いつもなら、春香から何か話題を出してくる。
だが。
「…………」
「…………」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
「……まあ、いいか」
悠斗が歩き出す。
春香も、その隣を歩き出した。
◆
昼休み。
「悠斗、ここ空いてるよ」
美咲が隣の席を指した。
「おう」
悠斗は座る。
「今日のお弁当、何?」
「これ」
「へえ、美味そう」
「食べる?」
「いいの?」
「うん」
美咲が弁当のおかずを差し出す。
悠斗は受け取った。
「いただきます」
「どう?」
「うまい」
「よかった」
美咲は笑った。
「悠斗って、そういうところ素直だよね」
「そう?」
「うん」
「……それ、前にも言わなかった?」
「そうだっけ?」
「昨日も似たようなこと言ってた気がする」
「そうなんだ」
美咲は笑った。
「でも、本当にそう思ってるよ」
「……そっか」
悠斗はおかずを食べた。
美味しい。
会話も普通だ。
なのに。
なぜか、少しだけ引っかかった。
◆
午後。
授業が終わる。
「じゃあ、帰るか」
悠斗が言う。
「うん」
春香が頷いた。
「今日はどこか寄ってく?」
「そうだな……」
悠斗は考える。
「駅前の店でも行く?」
「いいよ」
「じゃあ決まり」
「うん」
二人で歩き出す。
しばらくして。
「なあ、春香」
「なに?」
「俺と一緒に帰るの、楽しい?」
「うん。楽しいよ」
「……即答だな」
「そう?」
「ああ」
春香は少し考えるように首を傾げた。
「悠斗くんと一緒にいるのは、楽しいよ」
「……そっか」
「うん」
また笑った。
その笑顔は自然だった。
少なくとも、そう見えた。
◆
駅前の店に入る。
悠斗はメニューを開いた。
「春香、何食べる?」
「悠斗くんは?」
「俺? これかな」
「じゃあ、私もそれにする」
「え、同じのでいいの?」
「うん」
「好きなの選んでいいぞ?」
「これでいいよ」
「……そっか」
二人で注文する。
しばらくして料理が届く。
「いただきます」
「いただきます」
食事をする。
「美味いな」
「うん。美味しいね」
「……」
悠斗は春香を見る。
「どうしたの?」
「いや」
「なに?」
「……なんでもない」
「そう」
春香は笑った。
◆
その夜。
悠斗はベッドに寝転がりながら、今日一日のことを思い返していた。
「……別に、普通だったよな」
朝。
昼。
放課後。
春香。
美咲。
玲奈。
由紀。
みんな普通だった。
誰も自分を嫌っていない。
むしろ、優しい。
「……だったら、問題ないか」
悠斗はスマートフォンを見る。
ステータス画面を開いた。
数字が並んでいる。
好感度。
人気。
幸運。
能力値。
どれも異常はない。
「完璧じゃん」
悠斗は笑った。
そして。
ふと思った。
「……そういや」
昨日の警告。
あれは何だったのだろう。
少しだけ気になった。
「もう一回、数字を増やしてみるか」
悠斗は指を動かした。
春香の好感度。
999999。
「これ以上は……」
入力欄に数字を打ち込む。
1000000。
決定。
――反映されない。
「……あれ?」
悠斗はもう一度試した。
1000000。
決定。
やはり変わらない。
「上限か?」
そのとき。
スマートフォンが鳴った。
メッセージが届いた。
春香からだった。
『今日は楽しかったね』
「……」
悠斗は少し笑った。
『俺も楽しかった』
送信。
すぐに返信が来る。
『よかった』
「…………」
悠斗は画面を見つめた。
短い。
あまりにも短い。
でも。
昨日までなら、こんなことは気にしなかった。
今日は。
なぜか気になった。
悠斗は少し考えてから、メッセージを送った。
『明日も一緒に帰ろうぜ』
既読。
すぐに返信が来る。
『うん』
悠斗はスマートフォンを見つめた。
少し待つ。
もう一度、画面を見る。
返信はない。
「…………」
悠斗はスマートフォンを置いた。
「……まあ、いいか」
電気を消す。
暗くなった部屋の中。
スマートフォンの画面だけが、しばらく光っていた。
そこには。
『うん』
という短い返事だけが表示されていた。
翌日。
「おはよう、悠斗くん」
「おはよう、春香」
春香は、笑っていた。
「今日もいい天気だね」
「ああ」
「今日も頑張ろうね」
「……うん」
悠斗は少しだけ首を傾げた。
「なあ、春香」
「なに?」
「昨日もそれ言わなかった?」
「そうだっけ?」
「……いや、なんでもない」
「そう」
春香は笑った。
◆
授業中。
悠斗は何気なく後ろを振り返った。
玲奈と目が合う。
「あ」
玲奈が笑った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう」
玲奈は前を向いた。
それだけだった。
「…………」
悠斗は少し考えた。
前なら、玲奈はもう少し何か言ってきた。
何を見ていたのか。
何か面白いことでもあったのか。
そういう話をしていたはずだ。
でも。
今は違う。
「……気のせいか」
悠斗は前を向いた。
◆
昼休み。
「悠斗、一緒に食べよう」
美咲が声をかけてきた。
「おう」
悠斗は席を移動した。
「今日のお弁当は?」
「昨日と同じ」
「また?」
「うん」
「飽きないの?」
「大丈夫」
「そう」
美咲は笑った。
「悠斗も食べる?」
「食べる」
「はい」
昨日と同じように、おかずを差し出してくる。
悠斗は受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……なあ、美咲」
「なに?」
「俺ってさ」
少し考える。
「どんな奴だと思う?」
「優しい人」
「それだけ?」
「うん」
「…………」
悠斗は美咲を見る。
「もっとない?」
「優しい人だよ」
「いや、だから……」
「優しい人」
「…………」
美咲は笑っている。
同じ表情で。
「……そっか」
「うん」
◆
放課後。
春香が待っていた。
「悠斗くん、一緒に帰ろう」
「ああ」
二人で歩く。
しばらく無言だった。
「なあ、春香」
「なに?」
「俺のこと好き?」
「うん」
「どれくらい?」
「すごく好きだよ」
「…………」
悠斗は立ち止まった。
「じゃあさ」
春香を見る。
「俺のどこが好き?」
「悠斗くんだから」
「……え?」
「悠斗くんだから好き」
「いや、そうじゃなくて」
悠斗は笑いながら言った。
「例えば、優しいところとか、面白いところとか」
「うん」
「そういう具体的なところ」
「悠斗くんだから好き」
「…………」
春香は笑っていた。
いつもの笑顔。
「……そっか」
「うん」
二人は再び歩き始めた。
◆
その日の夜。
悠斗はベッドの上でスマートフォンを見つめていた。
ステータス画面を開く。
春香 好感度:999999
美咲 好感度:999999
玲奈 好感度:999999
由紀 好感度:999999
「…………」
数字だけなら完璧だ。
全員が自分を好き。
全員が自分に好意的。
なのに。
「……なんだよ、これ」
悠斗は呟いた。
試しに、春香の好感度を少し下げてみる。
999999 → 999998
反映された。
「下げるのはできるのか……」
もう一度。
999998 → 100
数字が変わる。
「…………」
悠斗は少し考えた。
そして。
100 → 999999
元に戻した。
「……やっぱり、できる」
能力そのものは生きている。
だったら。
「何が問題なんだ?」
◆
翌日。
悠斗は、少しだけ意地悪なことをしてみた。
「春香」
「なに?」
「今日、俺のこと嫌いになって」
「…………」
春香が止まった。
「どうした?」
数秒後。
春香が答えた。
「分かったよ」
「……え?」
「悠斗くんのこと、嫌いになるね」
笑顔のままだった。
「…………」
悠斗は固まった。
「いや、待て」
「なに?」
「普通、もっと怒るだろ」
「どうして?」
「いや……」
悠斗は言葉に詰まった。
「好きな人に、いきなり嫌いになれって言われたら……」
「そうだね」
「だったら――」
「でも、悠斗くんがそうしてほしいなら」
春香は笑った。
「そうするよ」
「…………」
悠斗は春香の顔を見つめた。
「……なんだよ、それ」
「どうしたの?」
「いや」
悠斗は目を逸らした。
「なんでもない」
「そう」
春香は笑った。
◆
その日の放課後。
悠斗は一人で教室に残っていた。
「…………」
スマートフォンを開く。
春香。
美咲。
玲奈。
由紀。
全員の好感度は、999999。
「……なのに」
悠斗は画面を見つめる。
「なんで、こんなに……」
怖い。
そう思った。
だが。
何が怖いのか、自分でも分からない。
そのとき。
「悠斗くん」
教室の入り口から声がした。
春香だった。
「……春香」
「帰らないの?」
「ああ。今行く」
悠斗は立ち上がった。
春香が笑う。
「一緒に帰ろう」
「…………」
悠斗は春香を見る。
「なあ」
「なに?」
「俺が今、何考えてるか分かる?」
「うん」
「……え?」
春香は笑った。
「分からないよ」
「…………」
悠斗は何も言えなかった。
それは。
たぶん。
普通の答えだった。
なのに。
今まで聞いたどんな言葉よりも。
その答えが怖かった。




