24 種の帰還『ザートケール——神話・科学・血統の統合的考察』
『ヴァルデン帝国参謀本部 士官研修会 講演記録【ザートケール——神話・科学・血統の統合的考察】』
講師:カール・フォン・ザイラー教授 ヴァルデン帝国大学血統神話学講座主任教授
AE1261年3月 於:参謀本部第一会議室
諸君、先の参謀本部会議において第三の天空要塞の建造予算が承認されたことは、すでに知っていよう。
我々はグレンデルを失い、長期航行能力を備えたスルトは本国の防衛に縛られており、自由に動かせる状況にはない。
この状況で第三の天空要塞を建造することは、なるほど理にかなっているだろう。周辺国への睨みを第三の要塞にまかせることでスルトをアネニスに向かわせることができる。その可能性だけでアネニスに充分な圧力を与えられるだろう。
では諸君らは全力で第三の天空要塞の建造に注力すべきと考えるだろうか。
私はそうは思わない。
今日、私が諸君らに話したいのは政治の話ではない。軍事の話でもない。歴史の話である。
諸君らも種の帰還という言葉を耳にしているだろう。街頭で、あるいは教会で、酒場で。近頃この言葉を耳にしない日はない。
だがその意味を本当に理解している者が何人いるか。
ザートケール、種が帰還するとは何を意味するのか。
それは神話、否、歴史的な事実に基づく召命である。
主神オルスがオグの種をまき、人類が誕生した。そしてその種が最も豊かに実を結んだのはどこか――――恩寵の巡行の輝かしきルートの最優であるこのヴァルデンに他ならない。
地に落ちた種は芽吹き、育ち、やがて天に返る。それが摂理だ。我らヴァルデン人は、その摂理を担うべき存在として選ばれた。
(拍手)
かつて天柱雲に近づいた飛行機は全てが墜落していた。神の怒りだと教会は言った。単なる気象現象だと学者は言った。
たしかに夏の積乱雲の中では落雷に乱気流に着氷、様々な要因が航空機を襲う。天柱雲ほどの巨大さならば機体を引き裂く障害は夏のそれとは比較にならないだろう。
しかし雲が薄れた今、我々は真実を知った。神に近づかんとした者を落としていたのは裁きの雷でもなく、自然現象でもなかった。
精霊だ。天空宮を守護する番人が、通すべきものと弾くべきものを選別している。
航空撮影した写真か、天昇会がツルト山に据えた望遠鏡でかろうじて覗ける、わずか2ゼートに満たないポッドである。
数千年前の神話時代に天空宮が雲のヴェールに覆われて以来、ずっと雲の中で漂い、神の御前に至る資格無き者を排除し続けていた。
そして彼らが見なす資格無き者、その条件はすでに明らかである。
最も明快な条件から始めよう。火薬・爆発物の類を抱いた者は全て弾かれる。信管も雷管も例外ではない。銃器も同様だ。
なぜか。答えは単純だ。神の御前に武器を持ち込むとはどういうことか。それは神への反逆を企てることだ。我らのような純正ヴァルデン人がそのような意図を持つはずもないが、精霊は物質の性質を読む。火薬という物質が持つ『破壊への意志』を精霊は感知し、拒絶する。これは純粋な者を守るための仕組みだ。不純な意図を持つ者を天に近づけさせないための、番人が備える眼差しである。
なお火薬式パラシュートも当然禁じられる。しかし——そもそも神に会いにいく者が落下することを想定するとはどういうことか。
(笑声、拍手)
真剣に申し上げている。ザートケールを理解した者は、落下を恐れない。火薬を用いぬ引き紐式のパラシュートも不要だ。天に還る者に保険は必要ない。これは信仰ですらない。ただのルールである。
次に燃料の問題を論じる。
エイトン価——燃料の爆発的エネルギー密度を示す指標だ——が高い航空燃料は弾かれることが判明している。具体的にはエイトン価90以上の燃料を搭載した機体は精霊に拒絶される。
かつての粗製燃料、エイトン価60〜80程度のものを積んだ機体は通過できた。当然エンジンは十分な出力が得られず、天空宮の高度に達することなく墜落するが。これは純然たる事実だ。では現代の高性能燃料はなぜ駄目なのか。
エイトン価の高い燃料は容易に武器に転換できる。精霊はその潜在的な破壊性を感知する。これは理にかなっている。
しかしここで一つの問題が生じる。AG結晶体に十分な電力を供給する発電機には高エイトン価の燃料が必要だ。低エイトン価では出力が足りない。これは事実上の拒絶ではないか————そう思う者もいるだろう。
違う。これは神の試練だ。
低俗な燃料に頼るな。より高い知性で、より純粋な動力を開発せよ。精霊が高エイトン価の燃料を拒絶するのは、我らに進歩を求めているからだ。そしてその試練を乗り越える知性と創造力を持つのは——純正ヴァルデン人だけだ。
(拍手)
対比として語ろう。アネニスもKVariteなる我らのAG結晶体に類する天賜遺物を用いてハミングバードを作った。確かにかの機体は反重力の応答性と制御力に優れている。その点は認めよう。
だが彼らは愚かにも天賜遺物でただの小回りのきく戦闘機を作ってしまった。故にその戦果も戦闘機の延長にすぎない。我らの駐留軍基地を襲い、輸送船を沈めた。果てには不用意に高度を下げてしまったグレンデルの視界を奪うくらいはできた。だがそこまでだ。
かの機体は与圧対策など考えもせず、反重力を維持する電池は高高度の低温域では機能を失い本来の出力の半分以下となるだろう。
この大陸からの出奔者どもは、精霊の番に至る以前にそもそも天の門口にすら辿り着けない。神の試練の鳥羽口に立つことすらできないのだ。
天から落とされた宝物庫の鍵が、自宅の扉に合わないからと鋳潰して匙にしてしまったセムラ人のように。
(笑声、拍手)
さて、ここまで精霊が弾くものを語ってきた。
精霊は武器を弾く。破壊への意志を持つものを拒む。精霊は高エイトン価の燃料を弾く。低俗な力に頼るものを拒む。精霊は死の恐怖に縋るものを弾く。
では精霊が通すものとは何か。
ただ禁忌を持たねば良しとはなるまい。
死後に開かれる天への門ならば、何も持たぬ者にその扉は開かれた。
だが我々が還すべきは我らの頭上に歴然と存在する精霊の門だ。
そこに至るまでに試練が課されているのならば、門を通過できるのは備えた者でなければならない。それが神の意思だ。
それは純粋な者だ。破壊の意志を持たず、低俗な力に頼らず、死を恐れず天に還ることを喜びとする者。それはいかなる者か。
血統台帳の一代目から純正のヴァルデン血統が記録されている者。身体のいかなる部位にも欠陥を持たない者。そして何より——神の御前に立つに相応しい、優秀で美しい若者でなければならない。
ザートケールとはそういうものだ。神は玉石混交を望まない。オルスがオグの種をまいた時、それは選ばれた大地に撒かれた。その大地の名をヴァルデンという。
(拍手、起立)
そして諸君、第三の天空要塞の話に戻ろう。あれは周辺国への防衛――――あえて言おう、そのような些事に使うべきではない。それはザートケールを実現するための船だ。選ばれた種を天に還すための、帝国の意志の結晶であるべきだ。




