0112・ブラッドスライムの自我
ミクのレティーはともかく、シャルのドンナは初めてだったので紹介を受け、納得したカルティク。いきなり【念送】を使われてビックリしたが、理解できれば驚く事でもなかったのか今は冷静だ。
「それはねえ。いきなり聞いた事の無い声がすれば、ビックリするのは当たり前でしょう? それよりも、ドンナって女性の声よね? レティーは中性的っていうか、どっちとも言えない感じだけど」
「強いて言えば、声変わり前の少年の声かね? 特に美しい、男か女か分からない高い声。人によっちゃ<奇跡の声>なんて表現する奴がいるけど、レティーはあんな感じだね」
「確かに。レティーはあんな感じで、ドンナは女性的。何だか私が買うと野太い男声になりそうでイヤなんだけど……」
「どうなるかは分からないんだし、買ってみたら良いじゃないか。どのみち3日に1度、血を飲ませりゃ良いだけなんだしさ。ウチのドンナは何故か普通の食事もするし、味まで分かるようになったけどね」
『へっへーん! 凄いでしょ!!』
『確かに凄いと言えば凄いですね。私は視覚と聴覚だけですから、羨ましいと思う事もありますよ』
『はっはっはっはーー!!!』
「何この面白空間。これだけで楽しそうなんだけど。それに【念送】って声に出さないし、そうなってくると静かにやりとり出来るのよね。ダンジョン内で暇な事も多いし、私もブラッドスライム買おうかなぁ……」
「そうしな、そうしな。孤独は疲れるだけだよ。話し相手でも居れば変わるさ、スライムって寿命無いしね。霊人族の寿命がどれぐらいかは知らないけど、永く付き合えるだろ?」
「私は昔、イリュディナと共に下界の腐った者どもを抹殺する事を神に宣言したの。その際に神の御力で不老になってるのよ。だから霊人族の寿命である500年をとっくに超えてるわ」
「ありゃ? 霊人族って冥狼族と同じ寿命だったのかい。そりゃ知らなかったよ。まあ、あたしより永く生きてるだろうから、そこら辺はもう関係ないんだろうけどね」
「そう、っと……今度は私が戦うわ。丁度いい相手でしょ、スチールディアーは。近付き難いけど、これぐらいならどうにでもなるわね」
カルティクは右手に合口、左手にダガーを構えると、ジリジリと近寄っていく。そして大凡5メートルほどの距離に近付いた時、スチールディアーが一気に走り出そうとしたが、最初の一歩で転倒する。
理由はカルティクの【水弾】だ。それが踏み出す際に上げた左足に直撃し、バランスを崩したスチールディアーは転倒。そして即座に近付いたカルティクに首を切られた。
ワイバーンの素材で出来た新しいレシピの合口は素晴らしく、あっさりと首を切り裂いていき、スチールディアーは血を噴出。そのまま意識を失ったものの、カルティクは残心を行い油断をしない。
『うぉぉぉーっ! 血を寄越せーーっ!!』
『何をやってるんですか……。迷惑になってますよ』
残心しているカルティクが呆れた表情をシャルに向けるも、シャルは苦笑いをしている。おそらく何を言っても無駄なんだろうが、飼い主として何とかしてくれと思うカルティク。
「流石に飼い主なんだから、何とかしてほしいんだけど?」
「ドンナって昔の知り合いの名前を付けたんだけど、何故かドンナにそっくりなんだよね。ドンナ本人もああだったよ。人の話を聞かないし、何故か平民のあたしに良くしてくれたんだ。あんな感じで強引でさ……困った男爵家のお嬢さんだったよ、本当」
「うーん、名前を考えて付ければ良いのかな? 記憶にある人物の名前を付けると、その人物に寄るなら、良い奴の名前を付ければ大丈夫よね?」
「そもそも私がレティーと名前を付けたのは、レッドティー。つまり紅茶からなんだけど」
「………それはそれで適当すぎない? いや、確かに綺麗な紅茶色だけど……」
流石に名前の由来を知らなかったシャルも、ミクをジト目で見ている。そんな安直な名前に何故した? と言いたいのだろうが、ミクなど<喰らうもの>である。あくまでも通称ミクなのであって、正しくは<喰らうもの>なのだ。
「つまり私にとっては名前なんてその程度のものでしかないの。<喰らうもの>と名付けたのも神どもなら、ミクと名乗れと言ったのも神どもだし。私が付けて名乗った訳じゃないよ」
「………まあ、それなら仕方ないのかね。昔、有名な学者が、名前なんぞ個人を識別する記号だと言ってたらしいけど、名前なんて本当にそんなものなのかもしれないね。親が付けてくれたってぐらいの意味しかないのかも」
「まあ、それはあるんじゃない? 嫌なら変えればいいし、中には汚物の名前を付けられた子供とか居たわよ? この名前なら誰も誘拐なんてしないだろうし、呼ばれてもついていかないだろう、って理由で付けたらしいけど」
「……んー、あー……親としては分からなくもないけど、でも、どうなのかねえ……」
「まあ、私は親になった事も無いから知らないけど、世の中には変な名前を付ける者も居るから、名前に関しては何も言えないかな? おっと、お客様が来たわよ。今度はシャルでしょ?」
「ああ、あたしだね。さて、今回のメイスはどうだろう? ちょっと楽しみだよ」
再びスチールディアーであったが、シャルはラウンドシールドで受けとめた後、メイスを頭に振り下ろした。その一撃で頭蓋が割れて、脳までフランジが食い込み即死。
そこまでは良かったのだが、噴出した血を浴びてしまったシャルは、体中が血だらけになってしまう。
「【身体強化】もしてないのにコレかい? 勘弁してほしいねえ、まったく。フルパワーに耐えてくれるのは良いんだけど、手加減をしなきゃならないとは」
『体を綺麗に、服の血を吸い取る……』
『それは良いんですけど、こっちの血は私が貰って良いのですか?』
『むう……どうしよう?』
「スチールディアーの方に行きな。こっちはどうにかするから」
「【清潔】と【聖潔】で落とせるだけ落とすけど、残った汚れは肉で吸い取らないと取れないね。脱いでくれれば、すぐに取るけど?」
「それしかないかー……」
仕方なくシャルは服を脱ぎ、ミクは右腕を肉塊にして服から血を吸い取る。繊維からすら吸い取ってしまい、綺麗になった服をシャルに返す。
1枚1枚吸い取っていると、スチールディアーの血抜きが終わった2匹がミクの下へとやってきた。
ドンナが熱心に服から血を吸っているが、ミクほどに完璧には吸い取れないので怒り、現在はアイテムバッグの上で不貞寝している。役に立たないのが納得いかないらしい。
「クリアスライムとかクリーナースライムとは違うんだから、そこはもう仕方ないでしょ。綺麗にするタイプのスライムはそれに特化してるんだから、同じじゃないでしょうに」
『血は私だもん……』
「本当にドンナそっくりだ。そういう部分でヘソを曲げるのもドンナだよ、懐かしいったらないねぇ。もちろん今のドンナと昔のドンナは違うんだけどさ」
「はい、終わり。流石に何でも出来る私と同じにはならないし、もっと綺麗にしたいなら努力すればいいじゃない。<可能性の宝庫>と言われるくらいなんだからさ、頑張ればいいんだよ」
『………うん、頑張る』
「私ブラッドスライム買って、本当に育てられるかしら……」
「いや、ここまでなのは珍しいんじゃないかな? 流石に感情が豊かすぎるでしょ」
「本人というか本スライムがこういう方向を望んだんだろうけど、ここまでだと運命なのかって思っちまうよ」
そんな事も有るのやら、無いのやら。
不思議な事は世にあれど、自分に降りかかれば首を傾げながら口に出す。
運命とは真、都合のいい言葉である。




