0104・鮮血の女王
「で、格好をつけるのが好きな小坊主が、いったい何の用で来たのかしら? あらあらお嬢ちゃん、まだまだ若いみたいねー。小坊主の娘?」
「いやいや、さっきも言ったがそろそろ小坊主扱いは止めてくれんか? ワシだってもうこの歳の娘がおるんだ。長女とはいえ、もう22になる。そろそろ小坊主は卒業させてほしい」
「別にそれなら名前で呼んであげるけど、小坊主扱いは変わらないわよ? 周りには獅子獣人らしく獰猛だったけど、筆おろしの時は子猫ちゃんだったものね?」
「わー!! わー!! ……何て事を言うんだ!! 娘が誤解するだろうが!!」
「「「「「「「「「………」」」」」」」」」
オルディアーラを含めた<竜の牙>と<鮮烈の色>は、完全にラーディオンを白い目で見ていた。イリュが子供の姿をしているからだろうが、幼女趣味と思われたのかもしれない。
「勘弁してくれ! もう小坊主でいいから、こいつらの誤解を解いてくれ、頼む!!」
「しょうがないわねえ。………コレでいいかしら? お子ちゃま達?」
そこには雪のように白い肌と、莫大なまでの魔力を内包する姿を持つ、儚くて消えてしまいそうな美女が居た。手足はスラリと長いにも関わらず、胸と尻は女性らしさをこれでもかとアピールしている。
ミクやシャルとは別の形の美女がそこに立っていた。その美しさは、この場の女性達でさえ息を呑む程に美しく、見惚れてしまう程に艶やかである。
淡く消えてしまいそうなのにも関わらず、世の全ての男性を狂わせる程の妖艶さを感じる美女。それこそがイリュディナという名の、妖精郷の元女王なのだ。
「これで分かった? 昔、私の本当の姿を見た何処かの小坊主は猛アタックしてきてね、仕方なく筆おろしだけはしてあげたのよ。ね?」
「う、うう………。その姿は勘弁してくれ、未だにクるんだ」
「あらら、変わらないわね。…………これで良い? 流石に魔力を抑えて少女の姿になったら、問題無いでしょ」
「「「「「「「「「あっ……」」」」」」」」」
ミク、シャル、ラーディオンの3人以外は、完全に心を奪われていたようである。少女の姿に戻ったイリュを見て、ようやく意識を取り戻したらしい。
「ワシは昔見たし、相手をしてもらった事があるからともかくとして、お前達は見惚れたりせんのだな?」
「そもそもどんな姿だろうが本質が変わる訳じゃない。である以上は、表に見えている姿など仮初のものでしかないし、そんなものに騙されたりなどしないよ」
「あたしは昔に見た事があるからねえ。それどころか喧嘩を売ってシャレにならない相手だって気付き、慌てて逃走した事もあるのさ。姿や形に騙される事はもうない、あれは美しすぎる怪物だよ」
「あらら、ミクは1回見ただけで本質を理解されちゃったかー。まあ、ミクなら別に良いんだけどね、私以上の怪物だし。で、小坊主ことラーディオンは何をしに来たのかしら?」
「お前達、座れ。ここからは真面目な話だ」
そう言って、ラーディオンは一切の隙を見せないような厳しい顔になり、<竜の牙>や<鮮烈の色>に着席を促す。2組もすぐに理解したのか、神妙な面持ちで席に座った。
「それは良いんだけど、座るなら注文してね」
その瞬間、気が抜けたようになってしまい、何処か弛緩した空気になってしまう。ラーディオンと比べれば遥か年上、元女王だけに会話や交渉の手練手管は知り尽くしている。ラーディオンの勝てる相手ではない。
ラーディオンは苦笑いしながらも、2組に注文を促すのであった。
……そして注文後、話し合いが始まる。
「お前達、ここに居るのがイリュディナ殿。ここゴールダームの裏のトップだ。裏組織も闇ギルドも、<鮮血の女王>には絶対に手を出さない。そういう暗黙の了解まである人物だ。ああ、もちろん証拠が無ければ動かれないから安心しろ」
「そう、なんだ……。それで、何で私達をこの人の下へと連れてきたの?」
「やがてお前はワシの後を継ぐ事になる。ワシの子供の中で継げるのは、お前しかおらんからな。ガルツォが支えてくれりゃあ問題は無いだろう、だからこその面通しだ。ワシらが生きていけてるのも、裏で色々暗躍してる人達の御蔭。それはお前達も知る必要がある」
「毒を制するのは薬のみ、でも毒と薬は表裏一体。正規の方法で戦おうとしても、ルール無用の方が有利に決まってる。ならばルール無用の者達が制するしかない。それが国家であり社会というもの」
「まったくもって、その通りだ。奇麗事だけじゃあ、誰も救えねえ。現実にメチャクチャやられてる奴等が居る以上、そいつらを救うには非合法な力を使うしかねえのさ。使わないなら見捨てるって事になっちまうんだ」
「「「「「「「「「………」」」」」」」」」
2組共に理不尽な目に遭う探索者を見てきた事があるのだろう。だからこそ、何も言えないのであった。
「ランク10以上の奴には、各エリアを見張ったりする裏の仕事をさせている。そこに居るウェルドーザは、<鮮烈の色>を隠れ蓑にして情報を取らせているんだ。ワシが昔、お前らに紹介した理由でもある」
「そうだったのか……」
「別に騙してた訳じゃないの。実際に実力が無かったり、嫌な子達だったら断ろうと思っていたから。でも、そうじゃなかったから、裏の仕事も含めてやってきた。それは事実よ」
「まあ、私達も今まで過ごした時間が嘘だとは思ってないよ」
「そこはこれからチームで話してくれ。それはともかく、カムラの攻撃っつーか、下っ端の暴発みてえな事が今日あ「知ってる」ってな、それで……」
「既にミクから聞いてるから、そこの説明は要らないわ。それだけじゃ、わざわざこの子達と私の面通しをするには弱いわよね? 何が目的かしら?」
「……さっきも言った、娘とそちらの面通しが一つ。もう一つは事態が大きく動いたりした時に、そっちの2人を使わせてほしい。そちらの部下だろう?」
「…………ぷっ、あはははははは!! やっぱり貴方は小坊主ね。どうしてこうも派手な失敗をするのかしら、本当! ふふふふふ、あははははは!!!」
「……何が面白いのか知らねえが、こっちは真面目な話をしてるんだぜ?」
「なら答えてあげましょうか? <鮮血の女王>と呼ばれる私でさえ手も足も出ない怪物を使わせろとは、随分と調子に乗ってるじゃない? 小坊主風情が……!」
その瞬間、凄まじいまでの殺気と殺意がラーディオン達を襲う。あまりの重圧と恐怖に体を動かせなくなる2組。かろうじて動けるラーディオンが真意を問う。
「あ、貴女でさえ、手もあ、足も出ない……?」
「その通りよ。お前はミクを私の部下と勘違いしたみたいだけど、喰われなくて良かったわねえ。……ね、ミク?」
その瞬間、漆黒の髪を持つ美女の顔は無く、おぞましい怪物の口だけが開いていた。首から上が肉の塊になり、縦に裂けた口から無数の牙が見え、肉の周囲には触手が蠢いている。
その口からは粘液が滴っており、あまりのおぞましさに2組は吐き気が止まらない。すぐにミクは顔を元に戻したが、既にミクを人間種と見る者は誰もいなかった。
「な、何だったんだ、さっきのは……」
「あれこそは神が創りたもうたモノ。この星の愚か者を貪り喰う、その神命を負った最強の怪物なのよ。ありとあらゆる全てを喰らい尽くせる者、そんな怪物を神々が創られ、地上に降ろされたの」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
「神々はこう言われたそうよ。ゴミは須らく喰らい尽くせ、と」
ラーディオン達はミクを見て言葉が出ない。目の前に居るのは、完全なる怪物である。
にも関わらず、何故か自分達は敵対しようとしない。そんな不思議な何かが心の中にはあった。




