夢をバカにしてんのはどっちだよ?
四宮はファミレスでノートやらプリントを広げて、俺が用意した課題を――正解率は無関係に――破竹の勢いで片付けていた。
その隣では真木がイヤフォンで音楽を聴きながら現代社会の課題プリントの空欄を信じられないスピードで埋めている。
そして俺の隣こ席では良太が数学の問題を、俺はというと早々に課題を済ませてしまい、現在は異常に分厚い漢字検定のテキストをこなしているところ。
自分のノルマがひと区切り着いたところで、俺はシャープペンを動かす手を休めて、ほどよく冷えたメロンソーダを啜る。
そして更に深い息を吐いてから、口火を切る。
「四宮さんと真木って、どこの大学目指してんの?」
すると真木が、顔を赤らめながら、
「ほえ?」
という謎の音を発して、暫く考え込んで言う。
「私は普通に明大の教育学部だよ? 社会の教師になるのが昔からの夢だったしさあ」
そう言いながら彼女はペンを指先でくるくると回している。
どうやらイヤフォンは片耳のみの装着だったらしい。
顔が赤いのは勉強のし過ぎで知恵熱にでもなっているのだろう。
「マジか。琴音ちゃんも明大狙ってんのか。だったら俺らと一緒じゃん」
と、良太が言う。
すると真木は、
「じゃあ、あと五年も一緒にいられるんだね」
と、何とも幸せそうに微笑みながらぐねぐねとおかしな動きをしている。
謎だ。
完全に出会った頃のキャラが崩壊してしまっている、と思うのは俺だけだろうか。
「それで? 四宮さんはどうなの? 大学、行くの?」
すると四宮は一瞬、バツの悪そうな表情になる。
そんな彼女を見て、真木が口添えする。
「早絵も明大、行くんだよね? この間言ってたじゃん。『明桜大に行って、栄養士の資格取りたいんだー』って」
すると四宮が何故か苦笑して言う。
「そんなこと覚えてたんだ・・・・・・」
「勿論、覚えてるよ。もちろん、行くんでしょ? 明大」
良太がそれを聞いて、へえ、と驚いたような声を漏らした。
「・・・・・・行けたらいいけどさあ、私の学力じゃあ無理だよ。試験の点数は壊滅的だし、授業はさっぱり分かんないし。みんなみたいに『大学目指す!』なんて言っても、笑われるだけだし。私が栄養士になりたい、なんて言っても、お前の学力じゃあ無理だ、と言われるのがオチだったし、私には一応だけどアイドルって職業があるから、名前を書けば受かるようなとこにでも行けたらそれでいいかなあ・・・・・・」
それを聞いた瞬間、何かがブツリと切れた気がした。
「そんなもん、行けるわけねえだろ!」
思わず鋭い口調になってしまう。
すると四宮は負けじと声を張り上げて言う。
「分かってるよそんなこと! 私みたいなバカが行けるほど、明大は甘くないってことくらい、とっくの昔に気付いてるよ! だから、別の道に進もうって考えてるのよ!」
「分かってねえよ、お前は何も」
「何がどう分かってないって言うのさ! 満点ばかりとってるあんたにバカな人間の気持ちなんて分かんないでしょ? ムダな夢みるより、妥当な道を選ぶことの何がいけないのさ! 散々、夢をバカにされた人間の気持ちなんて分かんないくせに、偉そうなこと言わないでよ!」
こうなってはもう俺の口は簡単には止まらない。
「夢をバカにしてんのはどっちだよ? お前だろうが。お前自身が、昔の自分の夢をバカにしてんじゃねえか。・・・・・・バカに毛が生えたみたいなのに、明大目指すのなんてムリだと? 誰がんなこと決めたよ? 誰がんなこと言ったよ? 俺が言ってんのは、そんな二番煎じの甘っちょろい考えで選ぶ進路なんて、意味ねえってんだよ。そんな考えじゃ、三流大にも四流大にも行けねえよ。たとえ、行けたとしても、行くだけムダだよ・・・・・・」
「だったらどうしたらいいのさ? 栄養士なんて目指すなって言うの? 挑戦するだけムダだから諦めろって言うの?」
「まあ、妥協で大学行くよりはよっぽどその方がマシだわな。・・・・・・でも、お前にはあるじゃねえか、目指すべき道が、目指したい道がさ・・・・・・。行ってやれよ! 明桜大学医学部保健学科によ。そんで栄養士になってやれよ! お前の『栄養士になりたい』って夢叶えて、その夢をバカにしたやつらを見返してやれよ! 俺だってそんなやつは許せねえ! いいじゃん、栄養士資格持ちのアイドルになりゃ!」
俺はそう言ってウィッグの下で思いきり笑って見せた。
*
私たちはこの日も図書館で勉強に明け暮れていた。
私は蒼次郎と、琴音は一騎と同じ区画で別々に。
私は英語、琴音は化学、琴音は数学、蒼次郎はいつものように参考書とにらめっこを続けている。
彼以外は苦手分野の自習をしている最中で、特段、蒼次郎は話しかけることさえ躊躇われるほどに真剣そのもの。
私は彼の稀に見る真剣な横顔を暫く眺めていた。
唐突に蒼次郎がペンを置いて伸びを始めたものだから、別に後ろめたいことなんてないのに、私は大いに慌てて自分の参考書で顔を覆ってしまった。
参考書を少しだけ下にずらして彼の様子を覗いたその瞬間、視線がぶつかってしまう。
「ん? どうした? 何処か分かんないとこでもあるの? てか、何でそんなもんで顔隠してんのさ?」
蒼次郎はそう言って笑っている。
私は何故か恥ずかしくなって、そのままで顔を伏せる。
「永篠くんは何の勉強してるのかなって思っただけで、別に眺めてなんかないからね!」
蒼次郎は苦笑気味に言った。
「何それ? そんなの、普通に訊いたらいいじゃん」
「いや、物凄く集中してたみたいだから、声かけない方がいいかと思って・・・・・・」
私が言うと蒼次郎は参考書の表紙を見せてくれた。
それにはと大きな丸ゴシック調の文字で『漢字検定1級 やるだけ身につく! 合格できる! 問題集』と書かれている。
「漢検一級? そんなのやってたの?」
私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そんなに驚くことでもないでしょ」
「いや、凄いよ! だって、一級でしょ? ・・・・・・ちなみに、どんな問題が出るの?」
純粋な興味から訊ねてみた。
「たとえば・・・・・・こんなもんかな」
蒼次郎は言いながら、参考書を開いて見せた。
それを見た瞬間、目眩を起こしそうになった。
もう、何がなんだかさっぱり分からない。
彼の指の先には『蜘蛛が網を張りて鳳凰を待つ』と書かれている。
「クモが網を張りてホウオウを待つ? って、どういう意味?」
「ざんねーん。これは『クモ』じゃなくて、『チチュ』って読むんだ。チチュが網を張りてホウオウを待つ。意味は、弱者が自らの力量もわきまえず強敵に挑むこと、って意味だよ」
「うわ・・・・・・。何か、今の私のことみたい」
思わず苦笑してしまう。
蒼次郎は真剣な目で首を横に振り、言葉を紡いだ。
「そんなことないさ。四宮さんの場合はこっちだよ」
そう言って指した先には『艱難汝を玉にす』とある。
こうなれば、意味が分からないどころか読み方すら分からない。
わけが分からなさすぎて、
「ふひゃ~!」
という全くもって意味不明な声を上げてしまう。
そして、半ば当てずっぽうで読んでみた。
「え? 何これ? ナンナンナンジをタマにす? ってどういう意味?」
蒼次郎は驚いたのか、一瞬だけ固まった。
「まさか、今の読み方当たってるの?」
「惜しい!」
「何だ、ハズレか~!」
私は大袈裟に体勢を崩して机に倒れこむ。
蒼次郎は宥めるように優しい声で言った。
「ナンナンナンジじゃなくて、カンナン、ナンジをタマにす。意味は、人は多くの困難や苦労を乗り越えて初めて立派に成長するものだ、ってこと。苦境とか困難に直面したことのない人間は、なよっちいやつらばっかだけど、そういうのにぶつかって乗り越えた数が多い人ほど、精神的にも強くて逞しい人間になれるって思わない? だから四宮さんも、辛いときとか苦しいときにこの言葉を思い出して乗り越えていくといいよ。勉強が辛くなったら、この言葉の通り、明大に受かるためだと思って踏ん張るといい。そうしたら絶対に受かるからさ・・・・・・」
私は、彼の言葉に勇気付けられると同時にほっとした。
「そっか・・・・・・。艱難汝を玉にす、か。・・・・・・いい言葉だね?」
蒼次郎は微笑みながらひとつ頷いた。




