な・・・・・・長さ?
「次は国語辞典や漢和辞典なんかの、大辞典、中辞典、小辞典、についてだ。四宮は今回の試験で、この三つを大きな辞典、中くらいの辞典、小さな辞典と解答してるよな?」
「うん。見たままっていうか、分かんなかったから文字通りに書いてみたんだけど・・・・・・。間違いなんだよね」
それに対して意外な答えが返ってきた。
「それも間違いじゃない。この解答に対しての判定は三角で減点になっている。それはなぜだと思う?」
「大きさ以外になにか足りないから?」
そう言うと彼がまた首肯して、予想だにしていなかった、キャラクターに似合わない――と、このときの私は少なくともそう思う――爆弾級の発言を見舞った。
「そうだ。この解答なら、見たままの大きさだけを連想させられる。ここでいう大中小は、Aカップ、Cカップ、Fカップなんていう外見的な大きさ以外にも条件が必要なんだ」
「た・・・・・・たとえ方が卑猥」
「俺は分かり易い例を挙げただけだ。今の例で分かりにくかったか?」
「いや、物凄くわかりやすくはあるけど・・・・・・」
――私が貧乳だからって、わざと言ってんの
なんてことは口に出して言えるはずはなく、心の中だけで訊いてみた。
「単なる大きさの例だ、重要なのはここからだから気にするな」
「あ・・・・・・うん」
気にするなと言われても、決して大きくはない――というか、ぶっちゃけ小さい側としては――気にしないことは結構難しい。
話題が話題なだけに・・・・・・。
「続けるぞ?」
「どうぞ」
「じゃあ、なにが足りないのか。・・・・・・それは長さだ」
「な・・・・・・長さ?」
私はかなり動揺し、思わず吹き出してしまった。
「なんで動揺してんだよ! 別に下ネタじゃねえぞ?」
「へ? ああ・・・・・・。ごめん」
正直わざとやったようにしか思えない。
私は、絶対に確信犯だ! 有罪だ! と言いたい気持ちを必死に抑える。
「どっちが卑猥なんだよ・・・・・・」
ここで流れに乗せられて口を滑らせてしまった。
「だって、大きさの後に長さなんていうもんだからつい・・・・・・」
「まあ、いいや。また、小説を例に説明していくぞ?」
「うん・・・・・・」
未だに恥ずかしさを拭えない中で、彼はさきほどのやり取りを気にも留めていない様子で話を続ける。
こっちはその手の――特に胸の話――には過敏だというのに。
まあ、要するに、サイズ的なことを結構気にしてるわけだ。
「小説が長編小説、中編小説、短編小説なんていう風にページ数によって区分けされていることは知ってるか?」
「うん。小説のことについては最近調べたから、割と細かく知ってる。短編小説は三十ページ以上百ページ未満で、長編小説は二百ページ以上。その中間が中編小説だったはず」
彼は深く頷いて言った。
「その通り。今回の大辞典、中辞典、小辞典の大、中、小も似たようなことで、サイズの他に冊数が関係してくるんだ。大辞典は大型で二十冊のもの。中辞典は大型若しくは中型で一冊から三冊のもの。小辞典は小型で一冊だけのものを指すんだ。だから、これに関しては大型か中型か小型かということと、それぞれの冊数を憶える必要がある」
「ほほう・・・・・・。思ったんだけど、永篠くんと勉強してるときは例が好きなことに絡んでるから、普段の授業なんかより断然わかりやすいし、憶えやすいよ!」
私は正直な感想を口にした。
すると彼はまたしても意味ありげに口の端に微笑を刻みながら頷いて言う。
「問題はそこだ。勉強っていうのは身近なものや、身近なことに置き換えて考えてみたりすると理解しやすい場合が多い。四宮だけじゃなく、勉強ができない、という人間の大半は勉強と聞いたり、思ったりした途端に身構えてしまって、難しいものだと勝手に勘違いするヤツが多いんだよ。だからもっと気軽に考えるといい。なにも気構える必要はない」
相変わらず妙に説得力のある弁舌に、深くなっとくさせられる。
「了解です!」
私は精一杯おどけて敬礼をしてみせたけれど、彼はなんでもない様子で言葉を発した。
「よーし、今日はここまでだな」
そう言うなり彼は立ち上がって荷物をまとめ、図書室を出た。
私はやっぱり彼に嫌われているような気がしてならない。
私は少なくとも今回のことで永篠蒼次郎という人の印象がかなり変わった。
より親しみやすさを感じ、それでいて避けられているかもしれないという疑念が強くなるという複雑な状況に陥っていた。
☆
言い表しようのない精神的疲労感を抱えながら一人、溜め息を吐くと、俺の部屋で一騎と一緒にゲームをしていた誠ノ介がどこか面白そうな顔をしながら訊ねてくる。
「そんなにしんどいのか? 早絵ちゃんに勉強教えんの」
「そんなんじゃねえよ・・・・・・。別に教えること自体はなんてことないし、俺のためにもなるからいいんだ。けどさ・・・・・・」
そう、この疲れはいわゆる気疲れというものには違いない。
四宮に勉強を教えること自体で蓄積されるというわけではなく、たぶんそれによる自らの発言によって彼女に余計に嫌われてしまうのではないかという危惧からくるものだということは理解できている。
「で? あの娘、どんな感じなわけ? やっぱ手ごわい?」
「んなことはねえよ。まあ、たしかに成績は目も当てられないほどだけどさ。・・・・・・でも、だからって馬鹿なのかって言うと、そんなことはないような気がするんだ。贔屓目とかじゃなくて純粋に・・・・・・」
俺が言うとここで初めて一騎が――テレビ画面から視線を外すことなく――訊ねてくる。
「そこまで言うだけの根拠は一体なんなんだよ? ・・・・・・悪いけどさ、ぶっちゃけ平均点が十九点って、どう考えても頭のいいやつが取るような点数じゃねえだろ? ・・・・・・まあ、蒼次のサポートがありゃあ、追試の突破も可能かもしんないけどさ。で、根拠はなんなん?」
「なんつーか、そもそもの理解力は物凄く高いものがあるし、吸収力だって抜群だといっていい。センスがある、ということは前もって四宮自身が自分で証明して見せてたようなもんだろ? だからそれに関しては元々心配してなかったんだけどさ、実際のところは期待値以上だったわけ・・・・・・。わかる?」
「いんや、わかんねえ。だって俺は詳しいことなんも聞いてねえんだもん・・・・・・」
と、尚もコントローラーを操作する手を止めずに言う。
その表情には不満の色がありありと浮かんでいる。
正直なところ彼は俺の話を聞く気がないように思えてくる。
というか、あの場に自分が呼ばれていなかったことに結構な不満を抱いているらしかった。
でも、だからといってあからさまに拗ねられると困ってしまう。
第一、俺は彼にもひと通りの説明はしたのだ。
溜め息を吐きたくなり、更に舌打ちをしてしまいそうな衝動を抑えながら説明を続ける。
「あいつはさ、今の段階で既に記憶するっていうことに対してはかなりの能力と訓練がなされてるんだよ・・・・・・。おまけに根気強さもあるし、負けず嫌いだからさ」
「え? なんで?」
「毎日レッスンしてんだろ? アイドルなんだし・・・・・・」
そこで納得したように一騎が言う。
「ああ、なるほどねえ・・・・・・。毎日ダンスとか歌の地道なレッスンと自主トレを繰り返してるからか。ダンスとか歌が覚えられるなら公式とか英単語なんかも覚えられるはずだもんな・・・・・・。しかもそれを何年も続けてりゃあ根気強さも身についてて当たり前か・・・・・・」
「そういうことだな。・・・・・・ところで一騎。お前、なんでそんなに不機嫌なわけ?」
その問いかけによって初めて彼はこちらを振り返った。
もちろんゲームの一時停止ボタンを押すことは忘れていない。
そして彼は驚愕の一言を宣う。
「いや、別に機嫌悪くなんかねえぞ? ・・・・・・しいて言うなら、腹減ってっからかな? でも他人ん家だから遠慮すんじゃん。そのでいか、ゲームにも身がはいんねえし、さっきから負けてばっかだしさ・・・・・・」
「・・・・・・ああ、そんなことか。だったら遠慮なく食いもん取ってきていいぞ?」
「マジ? サンキュー! 飯食わしてもらったばっかだから申し訳なくてさ・・・・・・」
そう言い残して顔色を百八十度変えた一騎は食材を確保するために一階へと降りていった。
俺たち二人はそんな彼の後姿を苦笑交じりで眺めていることしかできなかった。




