表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/40

正解

 俺は帰宅するなり母ちゃんにテストの結果と答案用紙が手許にない理由を伝えた。


すると意外にも、そう、という素っ気ない一言が返ってきただけで、拍子抜けしてしまった。


 それから間もなく萌花が帰宅したため、彼女の着替えが終わった頃合を見計らって我が妹の寝室へと足を踏みいれた。


「なあ、萌花。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいか?」


 萌花はこちらを見ることもなく訊ねてくる。


「なに? どうしたわけ? 兄貴が頼みごとなんて珍しいじゃん?」


「ああ、まあな・・・・・・。で、単刀直入に言っちまうとだな。・・・・・・お前、井内倫佳って覚えてっか?」


 途端に萌花はとてつもなく嫌そうな顔で振り返って言う。


「覚えてるけど? あの人がどうかしたの?」


 協力してもらう手前、俺は洗いざらいを萌花に打ち明けた。


 そのあいだ中彼女は難しい顔をしながらもときおり相槌を打ちながら話に耳を傾けていた。


「要するに、クラスメイトのアイドルの娘が成績不振でピンチだから勉強を教えることについて運営サイドに許可を取るために、妹である私に元友人のパイプを使って倫佳さん経由で確認してほしい・・・・・・ってわけ?」


 そういうことになる。


 万が一にも規約違反なんてことになって四宮がアイドルを辞めなければならないという最悪の事態だけは避けたい。


 そのために先手を打つ必要があった。


 拒絶されることも覚悟の上で頼んでみたのだが、その気負いは無駄だった。


 萌花があっさりと――誠ノ介をうちの明日の夕食に誘うという条件付きで――快諾してくれたのだ。


 それからは倫佳と萌花のメールを介したやり取りが数回続き、その後暫くして、運営サイドのスタッフと萌花のメールと電話でのやり取り、更には俺の方にも直接事務所の社長と名乗る男性から電話がはいり、話はなんとか丸く収まった。


 その一端には、社長が母ちゃんのファンで、サイン入りの小説全作ぶんという裏取引があったなんてことは絶対に口外できない。



         *



 俺と四宮は二人で向かい合って図書室の学習スペースの一角を陣取っていた。


 今日は追試対策の初日。


 俺は勉強というものに対する認識の確認の意味も込めて彼女に訊ねてみる。


「勉強する上で一番必要なものは何だと思う?」


 すると彼女は自信なさげに答える。


「やる気とか、集中力?」


「どうしてそう思う?」


 暫く考え込んだ彼女は徐ろに口を開く。


「やる気と集中力がないと続かないから?」


「たしかにそれも必要だな。こんなこと訊いておきながらなんだけど、これに関しては明確な正解はない。でも俺は減り張りが一番大切だと思うんだよな。当たり前のことだけど」


「減り張り?」


 彼女の声に首肯した後に話を続ける。


「ただ、やる気と集中力だけで闇雲に勉強するだけじゃあ疲れてしまうだけだ。だから、集中するときは全力で集中して、休むときはとことん休むべきだ。そうしないとやる気も集中力も持続しないからな」


「なるほど」


「それと同じくらい今の四宮にとって重要なことがもう一つある。それはなんだと思う?」


「苦手な教科を重点的にやる、とかかな・・・・・・」


「じゃあ、四宮の苦手な教科は?」


「ぜ、全部・・・・・・」


 物凄く残念なことに、その言葉には俺も頷くことしかできなかった。


「四宮の場合、教科が苦手というより勉強することそのものが苦手なんだと思う」


「そっか・・・・・・。たしかに、苦手だけどどうしてかって訊かれると答えに困るかも・・・・・・」


「そこでだ。今の四宮にとって最も重要なことは、苦手意識を自覚してその理由を理解することだ。馬鹿だから勉強ができない、嫌いだから勉強がしたくない。とだけ考えて投げ出すんじゃなくて、どうして自分がここまで馬鹿になってしまったのか、どうしてここまで勉強が嫌いになってしまったのかを考えて、その答えを知る必要がある。けれど、今の段階では、勉強が苦手だという自覚はあってもその先が見えていないはずだ。・・・・・・違うか?」


「たしかにその通りかも・・・・・・」


 と言いながら彼女はしきりに頷いている。


 まあ、今回は四宮がそれに気が付いただけでも彼女にとっては間違いなく大きな進歩と言える。



         ☆



 私と蒼次郎は、図書室の――快適且つ効率よく勉強をするために設置されたという――会話が可能なスペースのパーテーションで区切られた一角で国語表現の『辞書』の単元についての勉強に取り掛かっていた。


 ちなみに両隣のブースでは琴音や風花たち、総勢十人以上が勉強していて、このスペース全体を私たちが占拠している形になってしまっていた。


「・・・・・・ごちゃごちゃになってきちゃったよ・・・・・・」


 蒼次郎は自分のノートを閉じて訊ねてくる。


「どこがどんな風に? どうして混乱してしてるんだ?」


「関係ないことかもしれないけど、なんで辞書には三つも種類があるのかって思ってさあ。それぞれ更に小分けにされてるから、いろんなのとごちゃごちゃになっちゃう・・・・・・」


 こんなことさえもわからない自分に嫌気が差してくる。


 何度となく国語の担当教師に質問し、教えてもらいはしたけれど、全くと言っていいくらいにさっぱり理解できなかった。


「いや、疑問を持つことはいいことだ。これまでの四宮の問題は、その疑問をぶつける相手がいなかったことかもしれないな。それはそうと、辞書にはたしかに種類が多いよな?」


「うん。もっと少なく纏めたりしたらいいのに」


 すると彼は苦笑するように口の端を僅かに上向けて言う。


「四宮は小説読んだりするか?」


「最近は読むようになった。主にラノベだけどさ。他は難しいからあまり読まないかなあ」


 蒼次郎の勧めがあったから今はかなりのペースで結構マイナーなものまで読んでいるけど、それはこの場では言わないことにした。


「だったら小説に置き換えて考えてみるといい」


「どういうこと?」


「小説にも色々な種類があるだろ?」


「そうだね」


 たしかに小説はかなり細かくジャンルわけされていて、多岐にわたるけれど、それと今も辞書の話がどう関係があるのかさえもわからない。


「たとえばどんなものがある?」


 私はとにかく思いつく限りのジャンルをできる限り多く挙げていった。


「フィクション、ノンフィクション、自伝小説に恋愛小説にミステリー小説にバトルものとかSF、他にも色々ある・・・・・・」


「じゃあ、どうして色々あるんだと思う?」


「それは・・・・・・。扱ってる話の内容というか、ジャンルが違うからでしょ?」


「その通りだ。じゃあ、辞書っていう括りが小説っていう括りだとして〝ジテン〟にも三つ、辞典と事典、字典とあるのがノンフィクション小説、フィクション小説みたいなもの。フィクション小説の、恋愛小説、ミステリー小説、SF小説、ホラー小説にあたるところが辞典の中の国語辞典、和英辞典、英和辞典、漢和辞典なんかの種類みたいなものだと考えてみるとどうだ?」


「えっと・・・・・・。辞書もそれぞれ扱ってるジャンルとか、使うときが違うからそれだけ多いってこと?」


 すると目の前の彼は口角を上げて人差し指を突き出してこちらに向けて言った。


「正解」


「じゃあ、辞典と事典、字典の違いは?」


 蒼次郎は一つ首肯し、指を三本立てた。


「それについては、それぞれ三つの頭の文字の意味を考えるといい」


 私は暫く考えてから言葉を紡ぐ。


「辞典の〝辞〟についてはよく分からないけど、字典の〝字〟は文字のことで、事典の〝事〟は物事のこと?」


「そうだ。だから、文字のことで分からないことがあれば字典を使うし、物事、事柄について知りたいことがあったなら事典を使うといった具合だ。漢字について分からないことがあれば漢字字典、医学のことについて分からないことがあるなら医学事典を使う」


「なるほど」


「じゃあ、四宮が分からないって言った、辞典の〝辞〟についてだ。卒業式を例に挙げよう。卒業式で、開式の辞、送辞、閉式の辞っていうのがあるよな?」


「うん」


「あれは、どう言い換えられる? 小学生の頃はどう言ってた?」


 私は彼の質問に対して考えながら、同時に一つずつ確認するように指折り挙げていく。


「えっと・・・・・・。開式の言葉、送る言葉、閉式の言葉だったと思う」


「じゃあ、辞典の〝辞〟の意味と、どんなときに使うかはもうわかるな?」


 そう言われて一つの答えが頭の中に浮かび上がってきた。


「辞典の〝辞〟は言葉って意味で、言葉について知りたいことがあるときに使うものってことか!」


 すると蒼次郎が深く頷いて言う。


「そういうことだ。だから、辞典は言葉に関するもの、事典は事柄に関するもの、文字に関するもので、用法はさっきの通りになる」


「なるほどねえ」


 私はこのとき、ただただ驚いていた。


 彼の解説のわかりやすさと、その話に引き込まれていく自分の存在に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ