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ま、なんつーか、よく頑張ったよ。

 入学から二ヶ月半ほどが過ぎ、梅雨も明け、ほかの学校より一足早く衣更えの時季が到来し、真城高専には――男子が紫、女子が深紅の――ブレザーを脱いで薄青色のカッターシャツにネクタイ、もしくはリボンという格好の生徒が急激に増殖し始めた。


 もちろん暑がりの俺だってその中の一人だ。


 そして俺はここ最近、ほぼ毎日のように――平日は同じ学校に通う同級生、休日はアイドルとファンとして――四宮と顔を合わせいる。


 今日だって当たり前のように五人そろい踏みでイベントに参加している。


 ちなみに今回のイベントは、ファンとメンバーの両方にとって特別な意味を持つもので、その中でも特に良太にとっては格別と言ってもいいものなのだ。


 その理由は、倫佳がこの日限りでグループを脱退して、アイドルを辞めることにある。そして卒業理由が、学業に専念するため、ということだ。


 他のアイドルグループにおいても――真偽のほどはともかくとして――同様の理由でアイドル業界を去っていく人間は数多く存在した。


 つまるところ、それだけアイドル稼業と学業の両立というものは困難を極めるということらしい。


 アイドルなんてやったことないからよくわからんが。


 ましてや彼女は俺たちなんかと違って、超が付くほどの進学校として名高い聡明館高校の生徒であり、更に九国大学の医学部への進学を目標に据えているのだから、高校生活の序盤なんかでつまづいていては本末転倒も甚だしい。


 そのような事態に陥らないために、この先にある夢を全力で追うために、彼女はアイドルを卒業するのだ。


 この話を聞いたとき、なんともクソ真面目な倫佳らしい選択だな、と心の底から思った。

きっとこの場にいる大勢がそう思っているに違いない。


 けれど、アイドルを辞めてしまうということは恋愛禁止の掟から解放されて普通の女の子に戻るということも同時に意味するわけだから、男の影を疑う輩もいないではない。


 実際に〝学業専念〟名のという隠れ蓑を使って男の存在を隠して去った人間というのも実際にいたことがある。


 おかげで彼女の卒業発表に伴って、某大手サイトのローカルアイドルネタ専用の掲示板

ではその手の推測が数多く飛び交って大いに荒れていたことも事実。


 けれど、こちら側から言わせてもらえば、彼女に対するそれは邪推と言う他ない。


 中学二年の秋から一度も彼氏を作ることなく、転校までしてアイドルになった彼女が、これまでの間ずっと待ち続けていた男は今、彼女自身の目の前に立っているのだから。


 二人がそんな間柄に戻ったなんて話はまだ一切耳にしていないし、二人揃ってこそこそ隠れて会ったりなんてそんなことができてしまうほどに器用でもなく、なによりこの二人は物凄く似た者同士なクソ真面目な性格のコンビだ。


 だから、たとえ二人の気持ちが通じ合っている状態であったとしても、一線を越えてしまったなどということはあり得ないことだということを、二人の人間性ををよく知っているからこそ、その点に関しては太鼓判を捺せる。


 そもそも、卒業の裏にそのような理由が仮にあったとしても、それをとやかく言う資格なんてものは当人たち以外にはだれにもないと思うし、ましてやそれが今後のこととなれば、尚更のことだろう。


 良太は俺の隣で倫佳と言葉を交わしながらどことなく寂しげな雰囲気を漂わせている。


 おそらく彼の中で、ようやく自分の気持ちを彼女に伝えられるという微かな喜びと、彼女がアイドルを辞めてしまうことに対する寂しさが同居しているという途轍もなく複雑な心境なのだろう。


 なにより、今の俺自身がそうだ。


 今後の二人のことを本格的に応援できるということに喜びを感じながらも、彼女がステージ上で輝いている姿がもう見られなくなってしまうということに寂しさを拭えないのだから。


 うまく言い表せない感慨にとらわれていたとき、不意に前方から明るく朗らか(?)な声が飛んできた。


「どうしたの~?」


 その声に慌てて意識を引き戻すと、俺の左手を握ったままで美花がこちらを覗き込むようにして立っている。


「いや、別に・・・・・・」


 どうやら既に持ち時間の半分以上を使ってしまっていたらしい。


「ところで、なんの話ししてたんだったっけ?」


「え~!? 聞いてなかったの~!?」


「ごめんごめん・・・・・・。空から可愛い娘でも降ってこないかなあ~、なんて考えてたら、いつの間にかボーッとしてたみたいで」


「おいおい! 可愛い娘ならたった今、目の前にいるでしょ!」


 すかさずドMなお姫様ご所望のお言葉を宣って差し上げる。 


「どこかいい脳外科でも紹介しようか?」


「私は頭がおかしいわけじゃないですぅ~! ちょっと天然なだけだし~」


 ――かなり、の間違いだろ? ってか、そもそも天然って自分で言うことじゃないだろ!


「そっか。美容整形外科の方がよかったんだな?」


 それに対して、美花は膨れっ面になりながら拗ねたように言う。


「またそうやって~。いっつもいじめるんだから。ドSめ~!」


「間違ってもドMな女にだけは言われたくないね~」


 と、ここでタイムアップとなってしまった。


 彼女とのこの手のやり取りは、毎度お馴染みのお約束のようになってしまっている。



 横にスライドして倫佳の前に立つ。


 いつ見ても整った顔立ちだということに感心させられてしまう。


 彼女は柔らかく微笑んでから口火を切る。


「今日は、来てくれてありがとね?」


「ああ、うん・・・・・・」


 精一杯おどけながら言うと、彼女は微かな笑い声を漏らした。


「ま、なんつーか、よく頑張ったよ。って言っても、これからが本番なんだろうけど、とにかくこれからも色々と頑張れよ? 応援してっからさ・・・・・・」


「うん、ありがと・・・・・・」


 彼女はそこで一度、深く息を吐いてまた言葉を紡ぐ。


「こないだ、ライブしたんだって? 良ちゃんから聞いたよ?」


「ああ、それか・・・・・・。オープンスクールで急遽ってことで、半ば強引にな・・・・・・」


「なんで知らせてくれなかったの? 知らせてくれればいったのに!」


 彼女の言葉に思わず苦笑混じりに言った。


「俺たちが呼んで、きたりしたら色々とまずいだろ? 今日までお前、アイドルなんだからさ・・・・・・」


「そうだけど、ファンとしてなら大丈夫だったと思うよ?」


「あ、それもそうか・・・・・・。って、あの日は東京遠征の日だっただろ? ってことは、どっちみちムリだったんじゃねえか・・・・・・」


「ま、そうなんだけど、今度やるときは絶対に呼んでよね? 飛んでっちゃうから。ファンとしてさ・・・・・・」


 そう言われて答えに困ってしまう。


「まだわかんねえぞ? またやるかどうかなんて・・・・・・」


「他の四人がやりたがるか、わかんないから?」


 図星だった。


 思いっきり考えていることを当てられてしまって、ちょっとだけ動揺してしまった。


「どうして、それを・・・・・・?」


「良ちゃんもみんなも同じこと言ってたから。それにみんなして、こうも言ってたんだよ?決めるのは、自分じゃなくて蒼くんだって・・・・・・」


 やっぱりみんな同じことを考えていたんだ。同じ気持ちだったんだ。


 本心ではまたやりたいと思っていても、過去のことがあるからどこかで遠慮していて言い出せずにいたんだ。


 そのきっかけを彼女が作ろうとしてくれているんだということもわかった。


 けれど正直、まだ決心がつけられないでいる。


 再開を望んでくれている人たちは大勢いるけれど、自分の過去を、原因を完全に清算しきれていない状態でおいそれとステージに上がることは気が引けるというのも本心だから。


「また、いつかできるといいな・・・・・・。もしそうなったら、呼んでやるよ」


 俺は精一杯の笑顔を作って言った。やるよ、と断言できない自分がもどかしかった。


 それでも彼女は嬉しそうに微笑んで言う。


「ホントに? 絶対だよ? 今度こそ、絶対に呼んでよね?」


 その言葉に俺は黙って頷いた。


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