べべべ、別にキレテナーイし!
正直俺は、この四人がこんなに様変わりするなんて夢にも思っていなかった。
ゴリゴリギャルメイクで詐欺っている見た目も大したことのない女だと思っていた自分の浅はかさを痛感させられたのと同時に、『ギャルメイク女=すっぴんはブス』という俺の中での絶対的方程式が今日、完全に崩壊してしまった。
この四人はなんとも悔しいことに、かなりのルックスのよさを誇っている。
このまま四人で読者モデルかなんかとして活動しようものなら絶対にその見た目だけで確固たる人気を得られるのではないだろうかと思うほどだ。
特に真木の変貌ぶりは群を抜いていた。
バサバサのつけまつげに覆われ、カラーコンタクトで隠されていた違和感ありありだった双眸は、それらが排除されていて――おそらくアイプチは施されているのかもしれないけれど――綺麗な二重瞼で丸く形のいい団栗眼で、男の俺から見ても厚塗りだとわかってしまうほどに厚塗りされていたファンデーションは薄く、整った眉が映える程度に塗られている。
ウ○コ色でグリュングリュンに巻かれていて、ゴワゴワしていたボリューム満点の髪は首許の辺りでバッサリとカットされていて、色もダークブラウンになっていて卵型の輪郭がのぞき、全てにおいてすっきりしている。
そんな彼女のお世辞抜きに整っている顔立ちを――未だにあのウ○コ女と同一人物であるという事実をどこか信じられずに――たっぷり数秒もの間、眺め続けた。
あまりにも長く凝視していたせいか、真木が気まずそうな声音で言った。
「な・・・・・・なによ? あんま見ないでよ・・・・・・」
「あ? ああ、悪い。あんまし印象が違ってついガン見しちまったわ・・・・・・」
敵視してるはずの俺にガン見されちゃあ、いい気分はしないわな。
なんてことを考えていると真木が俯いて呟いた。
「・・・・・・に、・・・・・・ん?」
周囲の音の大きさに対してあまりに声が小さすぎて彼女が言った言葉が聞き取れず、訊ね返した。
「ん? なんだって?」
彼女はなぜかうっすらと涙を浮かべて顔を赤くしながら叫ぶように言った。
「そんなに変かって言ったのよ!」
こいつはどうしてキレ口調なんだろうか。
俺はまた無意識になにか悪いことをしてしまったのだろうか。
俺に顔を見られるのがそんなにも嫌だったのだろうか。
もしそうなんだとしたら普段通りの格好で来ればよかったのに。
まあ、素顔を見られたくない気持ちはわからなくもない。
俺だって自分の顔面に関してはコンプレックスの固まりなわけで普段はウィッグで隠して生活しているから。
「いんや、全然変じゃねえと思うぞ? こんなに可愛い顔してたかなって前の顔と照らし合わせてただけだよ。ってか、なんでキレてんの?」
「べべべ、別にキレテナーイし! あん、あんたなんかに、かわ、かわ、可愛いとか言われても、ぜ―――――――――――んっぜん嬉しくなんかないんだからねっ!?」
――なんか口調までいつもと違う気がするんだが、気のせいか?
キレテナーイし、なんてカタコトになっていた上に顔を覆って俯いてしまっている。
最早、俺にとって彼女の態度は理解できない範疇に達している。
おまけになんか他の連中は笑いを堪えながらこちらを見ているから、もうなにがなんだか。
それからマイクが三巡した頃に終了時間が迫ったことで解散することになった。
俺と真木の帰りの方向が同じということもあって彼女と同じ電車に乗ることになり、俺たちは一緒に駅まで向かった。
電車に乗り込んでシートに腰を下ろしたとき、真木がおもむろに口を開いた。
「あの・・・・・・今日はありがとね?」
正直驚いた。
ありがとう、なんて言われるほどのことをした覚えはないし、まさか彼女の口からそんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかった。
「いや、俺は別になんもしてねえけど・・・・・・」
彼女は目を瞑り、ゆっくりと首を振って言う。
「あんなことがあったから絶対に来てくれないと思ってたし・・・・・・。そうなったらカラオケ行く意味もないと思って、正直ちょっと恐かったんだ。・・・・・・でも来てくれてて、その・・・・・・なんて言うか、嬉しかった」
これでなんとなく真木が遅れてきた理由がわかった。
「まさか、俺らがお前らと一緒なのを嫌がって来ないかもって思って遅くなったわけ?」
彼女は一瞬の逡巡の後に首肯した。
その程度のことを気にするなんて気が強いのか弱いのか、性格が悪いのかそうでないのか、まったくもってよくわからない女だ。
「そんなことするわけねえだろ? その場の流れとは言っても約束しちまったんだし、破るわけにはいかねえじゃん?」
俺の言葉に真木が微かに笑顔を浮かべた。
そこでこれまで気になってはいたけれど、あの場では訊けなかった質問をぶつけてみる。
「そういやあ、なんでお前らそんなカッコしてんだ?」
「え? そりゃあ、あたしだって出かけるときくらい、ちょっとはコーデに気は遣うわよ」
「いやいや、そうじゃなくてさ。なんでイメチェンしちゃってんかと思ってさ。ぶっちゃけ、こないだとは全っ然別人じゃん?」
真木は、またしても顔を赤くして俯いてしまう。
――なんだ? もしかして恥ずかしいのか?
「こ、これはその、モデルコースの先生から、もう少し落ち着いた雰囲気の方がいいから髪型とか髪色とか、メイクとか? そういうの変えてこいって言われて、雰囲気を変えただけで・・・・・・べ、別にこの日のために気合いいれてイメチェンしたとかじゃないからね 」
――なにもそこまで必死になることねえじゃん・・・・・・。
「・・・・・・やっぱ、似合ってないよね?」
「んなことねえって。今の方が断然いいって。正直そんじょそこらのアイドルなんか目じゃねえくらいに可愛いと思うぞ? 今日の服だって今の感じだとかなり似合ってっから。
前の雰囲気だったらそうはいかねえよ。クラスの男子とか他の連中がほっとかねえって」
真木はそれに対して照れ笑いのような表情を浮かべて言う。
「そう言うそっちはどうなの?」
「どうって、なにが?」
「あんただってすっかり別人じゃん。学校では全然地味で冴えない感じなのにさ」
そう言われて気付いたけれど、この格好で彼女と会うのはこれが初めてのことだった。
つまり真木はこれまでは前髪を伸ばして顔を隠している俺しか見たことがないということになる。
「ああ、これはだなあ・・・・・・。なんつーか、オープンスクールんときに、エキシビションとかでやられて、こんなんなっちゃったんだよ。でも、俺はブサイクだから顔晒したくなくて今も学校じゃウィッグ被ってんだよ。あいつらもそれに付き合ってくれてんだ。今日は安浦たちからどうしてもこのカッコで来いって言われて仕方なくな」
「そっか・・・・・・。でも、まさかあの人とあんたが同じ人間だったなんて思ってもなかったなあ・・・・・・」
「あ? なんだそりゃあ?」
「あ、いや、なんでもないなんでもない! ホントなんでもないから気にしないでっ!」
真木は千切れてしまうのではないかと思えるほどに物凄い勢いで首を振っている。
「そういやあさ、お前に言われたことあったよな?」
「え?」
「あんたにブスだなんて言われるほどブスじゃない、ってさ・・・・・・。あれ、ホントだったな。あんなこと言って悪かったな」
真木は目を見開いてか細い声で言った。
「あの、それは、こっちこそごめん。キモいとか言っちゃったりして・・・・・・。あんたがこんな顔してるなんて思ってなくて、あんたの素顔なんて知らなかったし、ムカついてたっていうのもあったし、あんなこと言ってごめん・・・・・・」
「俺の顔がひどいのは事実だからきにすんなって。顔面偏差値三十だから気にしてねえし」
「は? そんなことないって! 七十は超えてるって。その顔で顔面偏差値三十とか言ったら、ウチの男子の半数以上は敵に回すことになるからね?」
そう言いながら真木は笑い始めたけれど、俺には今のやり取りのどこが面白いのかさっぱり理解できない。
それどころか、この顔を見て顔面偏差値七十超えだなんて言えるとういうことが心配になってしまう。
眼科か脳外科に行った方がいいのではなかろうか。
「あのさ、こないだのお詫びにって言ったら変だけど、今度どっかいかない? 全額、私の奢りでさ! ・・・・・・ダメかな?」
俺は突然の申し出に少々驚いたが、迷わず拒否した。
その瞬間、彼女は項垂れてしまう。
「やっぱダメだよね・・・・・・。変なこと言ってごめん。今の忘れて・・・・・・」
「ダメに決まってんじゃねえか。全額奢らせるなんて絶対に嫌だね。それに今回のことは俺にも非があるんだからせめてワリカンじゃねえと割に合わないだろ?」
その途端、真木の表情がふわっと明るくなった。
ぶっちゃけここで更に条件を追加するのはどうかと思いもしたけれど、先に言い訳をしてしまうとここが絶好のチャンスだったんだ。
「その代わり、四宮にもちゃんと謝ってからな? あいつ、あんときの俺らのやり取り全部、教室の外で聞いてたんだよ。だから四宮にも、ちゃんと謝って欲しい。できるか?」
「うそ・・・・・・? そんなの、知らなかった・・・・・・。私、ホントはただあの娘のことが羨ましかっただけで・・・・・・四宮さんとホントは友達になりたいと思ってたんだけど、私、MCの先生からいつもあの娘と比較されてて、最初ウチのグループに誘ったときも素っ気なく断られたから、嫌われてると思ってて、つい八つ当たりしちゃっただけで・・・・・・。もし、全部聞かれてたとしたら謝りたいけど、でも、今更赦してなんかくれないよ・・・・・・」
「んなことはやってみなきゃわかんねえじゃん? それにあいつは、ただちょっと人付き合いが苦手で、素っ気ない態度をとりがちだけど、誘われたときはたぶん嬉しかったはずだ」
「ホントに? ・・・・・・だったら私、謝ってみる。赦してもらえなくてもこのままは嫌だし」
彼女の決意に無言で頷いたタイミングと同時に最寄駅に到着し、俺たちは電車を降りた。
*
それから週明けの昼休み、四宮と真木たちは――屋上で対峙し、それを俺たち五人が見届けるという形で――仲直りに成功して無事にわだかまりも解けた。
真木たちが泣きながら謝罪している姿を見て俺は改めて自分の偏見という名のフィルターの存在に嫌気がさし、それでいて万事うまくいってよかったとも思った。
余談ではあるけれど、四宮自身がアイドルであることを四人に暴露したことによって、彼女には友達と同性のファンが同時に四人もできた。




