第七話 交差する思惑と、甘いクリームの嫌がらせ
全体挨拶が終わり、私たちはホールへと降りて個別に挨拶回りをすることになった。
組んだ手から、ルキハの温かい体温が伝わってくる。少し会場が寒かったので、その温もりが地味にありがたかった。
「……ルキハ様の手が温かくて、少し安心いたしました」
小声で囁いてみたのだが、ルキハはチラリとこちらを見ただけで、何事もなかったかのように正面を向いて階段を降りていく。
(絶世の美少女がこんな萌えセリフ言ってるのに、顔色ひとつ変えないの!? なんで!? ……あ、今ちょっと一瞬動きが止まったような? 気のせいかな)
階段を降りる間、先ほどまで興味なさそうだった者も含め、全員の視線が私たちに釘付けになっていた。
カツン、コツンと、私たちの靴音だけが静まり返ったホールに響く。
階段を降りきると、すぐに立派な白髭を生やした優しそうな貴族がやってきた。後ろには白いドレスの夫人と、私と同じ『黒のドレス』を着た少女を従えている。
「これはこれはルキハ第一王子、お元気そうで何よりです。今夜は婚約者のお披露目ですか。実に美しいお方ですね」
「そうだろう。この子が俺の婚約者のリルだ」
褒められている気がしない。後ろにいる娘をルキハに嫁がせようとしていたのだろうか。嫌なオーラが全開だ。
「ただいまご紹介に預かりました、トニミスタ・ディア・リルにございます。以後お見知り置きを」
私はドレスの裾を軽く持ち上げ、片足を引いて完璧な淑女の礼カーテシーを披露した。
だが、その少女からの嫌悪の視線は増すばかりだ。
「いやはや、大変お綺麗ですな。殿下にとてもお似合いだ」
「そうだろう。出会った時に、リル以外に俺の婚約者になれる者はいないと思ったほどだ」
「リル様、ご婚約おめでとうございます。お二人に光の女神の祝福があらんことを」
「「ありがとうございます」」
一通りの挨拶を終えると、男は申し訳なさそうに名乗った。
「申し遅れました。わたくしはハイグリンド・テラサと申します。そしてこちらが娘のフラサです」
「ああ、知っている。これからもよろしく頼む」
挨拶を終え、ハイグリンド一家は去っていった。
(はぁ……長かった。早くご飯食べたい……)
そう思った瞬間、私たちの前には貴族たちの長蛇の列が出来上がっていた。
(嘘でしょ!? これ全員の相手をするの!? 無理無理! 婚約者辞めたい!!)
泣きそうになるのを必死で耐え、長々と続く挨拶を約1時間耐え抜いた。ほぼ同じ内容なのに話が長すぎる!
やっと解放され、料理のテーブルへ向かう。
ケーキを口に頬張っていると、後ろからひそひそ話が聞こえてきた。
「あのハイグリンド家、失礼にも程があるわね」
「ええ、あの一家はもう終わりだわ……」
意味が分からず、隣にいたサスタに尋ねてみた。
「サスタ、ハイグリンド家は何をしたのですか?『終わった』とはどういう意味でしょう?」
サスタは困ったような、苦々しい顔で説明してくれた。
「……本来『黒のドレス』というのは、新しい王族に嫁ぐ者『のみ』が着用を許される特別な色なのです。ですがハイグリンド家の娘は、婚約者でもないのに黒のドレスを着てきた。つまり、リル様に恥をかかせたのです」
「……ん?」
「要するに、『フラサはリル様と同等の立場におり、王子の妃にふさわしいのは私だ』と主張しているようなものです」
(ほぉ~……なるほどね。あのアホ娘はマウントを取ってきたわけか)
正直、どーでもいい! 全然譲ってあげるわよ!
いきなり孤児が次期国王の婚約者になったんだもの、嫉嫉妬されるのも当然だ。
まぁ、今はとにかく食べ物!
……ただ、この世界のケーキは日本のものに比べて生地が固い。孤児院の料理だから低品質なのかと思っていたけれど、全体的に日本の製菓技術より劣っているようだ。
それでも、砂糖の甘みと生クリームがあるだけマシ!
真っ白な生クリームの上には、赤いいちごのような果実が乗っていた。
「……でもこれ、いちごじゃないわね」
丸くて、いちごよりも酸味が強くて固い。日本の美味しいスイーツが恋しくなる。
しばらくゼリー的なものを食べ終え、休憩に入ろうとした時、別の貴族の娘たちが挨拶にやってきた。
彼女たちは手短に挨拶を済ませると、片足を引いて『口元を手で隠しながら』頭を下げた。
(……え? 私、さっき口元隠してなくなかった!? やばい、マナーミスった!?)
青ざめる私に気づいたのか、サスタが耳元でささやいた。
「ご安心ください、リル様の挨拶は完璧です。身分の低い者が高い者へ挨拶する際は口元を隠しますが、身分の高い者が口元を隠して挨拶すると逆に無礼になりますので」
(良かったぁぁぁ! 一安心!)
……あれ? ってことは、さっきのフラサって娘、私に口元隠さずに挨拶してなかった?
マジでナメられてたんだな、私。
◇
最後の挨拶を終え、ルキハの元へ戻ろうとした時――ドスン!と正面から誰かとぶつかった。
「あっ、大丈夫――」
見上げると、綺麗な赤髪にツリ目。ザ・悪役令嬢といった顔立ちの少女――フラサがニヤニヤと不気味に笑っていた。
「あぁ〜っ! 綺麗な黒のドレスが、クリームのせいで白くなってしまったわぁ〜!」
あまりにもわざとらしい大根役者。
(は、はぁ~!? ふざけんじゃないわよ! 100%故意の嫌がらせじゃない!!)
そう、私の大切なドレスに、白くてドロドロとした生クリームがべったりと擦り付けられて汚れきっていたのだ。
怒りを必死に抑え込み、私は完璧な営業スマイルを貼り付けた。
「大丈夫ですわ。ぶつかってしまったのなら、仕方ありませんもの」
仕方あるわけないだろドレス代弁償しろ!!
困り果てていると、先ほど料理に夢中になっていた深緑の髪の少年が歩み寄ってきた。
「大丈夫か? これ、使えよ」
彼は羽織っていた高級そうなマントを脱ぎ、私にかけてくれた。
「ありがとうございます……! 失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
「タルス・ノーヴェントだ」
「タルス様ですね。後日、必ずこのマントはお返しいたします」
「ああ、そうしてくれ」
タルスは颯爽と去っていった。私は急いでルキハの元へ戻り、事情を説明した。
「ドレスにクリームがついてしまって……替えの服はございますか?」
「なんだと? すぐに準備させよう。ろこ、リルを控室へ案内しろ」
「はい! リル様、こちらへ」
「待ってくれ、リル。そのマントは誰のだ?」
「タルス・ノーヴェント様という方が貸してくださいました」
「……そうか。明日にでも返しに行かせよう」
控室へ案内されると、ろこが用意してくれた『着替えのドレス』が飾られていた。
それを見た瞬間、私は息をのんだ。
「このドレス……なんて美しいの……!」
「ふふ、そのドレスはルキハ様がお選びになったのですよ!」
(えっ……あいつが!? まぁまぁ良いセンスしてるじゃない!)
先ほどと同じ黒を基調としたドレス。
一番目を引いたのは、首元のチョーカーから胸元へと続く格子状のシースルーレースだ。デコルテを神秘的に引き立てている。
ボディラインを際立たせるタイトなシルエットから、歩くたびにチラリと覗く深めのスリット。さらにオフショルダーから広がるフレアスリーブと繊細なフリルが、シックな黒の中に儚げな可愛らしさを添えていた。
(女の子の憧れを完璧に形にしたような最高の一着……!でもまだ私には早いかもしれないな)
うっとりしながら着替えを済ませ、ルキハの元へと戻った。
「ただいま戻りました」
「おかえり。やはり、そのドレスはリルによく似合う」
ルキハが口元をニヤリと歪める。周りの使用人たちも「大変お似合いです!」「先ほどと雰囲気が変わって素敵です!」と絶賛してくれた。




