第二話 強引すぎる救世主
「惚れた」
「……えっと……ほれた、とは?」
恐る恐る聞き返してみる。
「ああ! その言葉の通りだ。僕はお前に心を奪われてしまったのだ」
はぁっ!? 何よそれ、超厄介じゃない! 貴族様に好かれたりしたら、他の貴族から援助してもらいにくくなるし、私の大好きな自由がなくなっちゃうじゃない! 何ヘラヘラしてるのよ、これで貴族が務まるの!?
心の中で激しく突っ込んでいると、ご子息様――ルキハは探るような視線を向けてきた。
「なぁ、どうしてお前は孤児になったの?」
(またこの質問か……)
「えっと、両親が殺されてしまって……(うるうる)」
「可哀想に」
ほらまた「可哀想」だ。じゃあ現金をくれればいいのに、なんて腹黒いことを考えていたら、予想外の言葉が耳に飛び込んできた。
「でも、僕ならお前を助けられるな! 良かったな!」
……は? え? 何こいつ、何言ってるの?
「よし、今から父上のところに行くぞ! ついてこい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 前々から養子縁組のご相談は度々いただくのですが……まだ両親のことが忘れられず、難しいのです……っ」
私は「可愛い子の涙には逆らえない」という、全宇宙共通の理ことわりを利用して断ろうとした。
……が、失敗に終わった。私の攻撃が効かなかったのではない。効いてはいたが、こいつが私の予想の斜め上を行く答えを出してきたからだ。
「じゃあ大丈夫だな」
「は?」
「僕がお前と婚約するから!」
ええっーーーーー!? ふ ざ け る な ぁーーーー!!!!
ばか! あほ! この間抜け!!
◇
心の中で激怒していた私だったが、本人の意思とは裏腹に、いつの間にか孤児院の談話室へと連行されていた。
ドア側のソファにお貴族様親子。反対側の窓側のソファに院長と私。
静まり返った室内には、外の小鳥のさえずりや、ドアの向こうで私について噂話をする孤児たちの声までがはっきりと聞こえてくる。
(気まずい……気まずすぎる……!)
地獄のような沈黙が5、6分ほど続いた後、この空間を打ち破ったのは大きい方のお貴族様だった。
「ルキハ、急に押しかけてきてどうしたのだ。サスタはどうした? 何故案内人の孤児を連れている?」
一気に飛んでくる疑問の数々。ルキハは胸を張って答えた。
「突然押しかけて申し訳ありません、父上。サスタがどこへ行ったかは知りません。そしてこの孤児を連れてきたのは――俺がこの子と婚約を結びたいからです!」
その一言で、談話室は再び静まり返った。
そしてその沈黙を破ったのも、お貴族様だった。
「婚約……? どういうことだ。孤児を婚約者にするだと? 我々の名を汚すつもりか!」
明らかに怒りを込めた声。いいぞ、その調子でこの話をご破算にしてくれ……!
「父上! この子を助けられるのは俺しかいないのです! 両親を失ったこの子を、俺は助けたいのです!」
「どうしてそこまでする? 第一、その子本人の意思は聞いているのか。どうせお前は何も聞いていないのだろう」
「父上、この子は困っています! 助けてあげるべきなのです! それに……俺はこの子に惚れました!」
「何を馬鹿なことを言っている! そんなことが認められるわけがないだろう。惚れたなどの理由で貴族が結婚などできるはずがない。少し考えれば分かることだ! 婚約などは断じて認めん!」
「なっ、父上……!」
「この話はもう終わりだ」
なぜか私を置き去りにしたまま怒涛の議論が展開されていたが、とりあえず婚約の話はなくなったらしい。良かった、一安心だ。
だが、このギスギスした空気を早くどうにかしてほしいと思っていると、ルキハが余計な一言を付け加えた。
「なら父上、一つだけ……この子に好きなものを買ってあげても良いですか?」
(またこいつは余計なことを……!)
「お前が巻き込んでしまったお礼として、お前の小遣いから払うのであればな」
「ありがとうございます! では、今から馬車を用意して店へ向かいましょう!」
……え、話が飛びすぎじゃない?
ていうか、隣に座っている院長がさっきからガタガタと震えている。貴族同士が目の前で喧嘩を始めれば無理もないが、院長がここまで取り乱すなんて初めて見た。この人たち、かなりの上級貴族なのだろうか?
……なんだか、どこからか甘い香りが漂ってくる。
◇
思考を巡らせているうちに、私はまたしても馬車に乗せられていた。
転生して以来、あまり外の景色を見たことがなかった。ガタガタと揺れる馬車から風景を眺めながら、自分は本当に異世界へ転生したのだと実感する。
中世ヨーロッパ風の街並み。生命を持っているかのように怪しく蠢く木々。巨大な鳥やトカゲのような魔物。馬車に乗る前には、道端でスライムも見かけた。
何より不気味なのは、太陽の真ん中に穴が空いており、そこだけが青空の中でも真っ黒に落ち込んでいることだ。不思議な世界だ……。
ぼんやりと考えていると、向かいのルキハが声をかけてきた。
「この森を抜けると貴族街に出るぞ」
「そうなのですね。初めて行くので、とても緊張してきました」
乗り心地は最悪だ。道が舗装されていない上に、馬車の車輪が木製で固いため、ダイレクトに振動が伝わってくる。
「てか聞いてなかったが、お前の名前は何というのだ?」
(聞くのが遅すぎるだろ……)と思いつつも、笑顔で答える。
「リルと申します」
「リル、か……」
早くこの気まずい空間から抜け出したい。そう思った瞬間――
――ガタンッ!!
激しい揺れが馬車を襲い、体が大きく傾いた。落ちそうになった私の体を、ルキハが慌てて支える。
明らかに何かがおかしい。
突然、外が騒がしくなり、急激に周囲が暗くなった。先ほどまで差し込んでいた太陽の光が完全に遮られている。頭が重くなり、気分が悪くなってきた。乗り物酔い……ではない。嫌な圧迫感だ。
「何が起きている!?」
お貴族様が窓の外へ怒声を飛ばすと、護衛の衛兵たちの悲鳴が返ってきた。
『れ、赤龍です!!』
赤龍! この世界に来て初めて、そんな「異世界ファンタジー」っぽい単語を聞いた。
一瞬心の中で盛り上がったものの、お貴族様とルキハの顔色が一変したのを見て、事態の深刻さに気づく。二人は即座に馬車から飛び出した。
「どうしてこんな森に赤龍が……! 我々だけで勝てる相手ではありません! どういたしますか、父上!」
「総員、戦闘態勢! 馬車の中のリルを守るのだ!」
「父上、僕も戦えます!」
「勝ち目がない敵なのだぞ! お前はこんなところで死んではならん! いざとなったら我々が囮になる、その隙に逃げるのだ!」
「くっ……はいっ、父上」
ルキハが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。そのやり取りだけで、今の状況が圧倒的に絶望的だと分かってしまった。
え、勝てないの!? こんなに大勢の衛兵を連れているのに!?
周囲はパニック状態で完全に混乱している。
「落ち着け、お前たち!」
お貴族様が一刀両断するように声を張ったが、混乱は収まりきらない。
(え、私ここで死ぬの? こんなに都合のいい美少女に生まれたのに!?)
そんなの絶対嫌だ!
そう強く念じた瞬間――体の中から、温かい『何か』が急速に湧き上がってくるのを感じた。
前世で異世界アニメのオタクだった私には、これが何なのかすぐに直感できた。
(これ……たぶん、いや絶対に『魔力』よね!?)
私に扱えるのだろうか。自爆したりしないだろうか。
――まあ、なんでもいい! 生きていられるのなら!
私は勢いよく馬車から飛び出すと、目を強く瞑り、目の前にいるであろう赤龍が「完璧に氷漬けになるイメージ」を強く思い浮かべた。
次の瞬間――体の中の温かい塊が、一気に絶対零度の冷気へと変化して外部へ放出された。
シュババババッ!!!
一瞬で周囲の温度が急降下する。真冬どころではない、凍てつくような激しい冷気があたり一面を支配した。先ほどまで感じていた赤龍の熱気も、不気味な気配も、すべてが消え去る。
静寂が訪れたのを確認し、恐る恐る目を開けた。
「……すご」
そこには、巨大な結晶となって完全に凍りついた赤龍の姿があった。
全長6〜7メートルはある巨大な巨体。頭部には立派な角が生え、美しくも恐しい深い赤色の鱗を纏っていた龍が、美しい氷の彫刻と化している。
使えるかどうかは完全な賭けだったけれど、転生者なんだからこれくらいできてもバチは当たらないわよね!
自分に氷魔法の才能があったことには驚いたが、「まあ魔法が存在する世界だし?」と楽観的に考えていた私。
……だが、周囲からの視線があまりにも痛い。
見回すと、お貴族様も、ルキハも、衛兵たちも、全員が目を見開いて絶句していた。
(何……? やらかした……? 孤児が魔法を使えるのって、そんなに異常なの……?)
固まる私に、ルキハが目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「すごい! すごいよ、リル!」
大興奮のルキハを余所に、貴族様の命令で衛兵たちは恐る恐る赤龍の解体に取り掛かり始めた。しかし、龍の鱗が硬すぎるのか、刃が通らず作業は一向に進まない。
(あの巨体、解体したところでどうやって運ぶんだろう? まさか炎で燃やす? 地球温暖化が……あ、ここ地球じゃないか)
そんなくだらない心配をしていると、衛兵の一人が空間に黒い『穴』を作り出し、そこに巨体を収納し始めた。
(えっ、収納魔法!? それとも魔導具!? ブラックホールみたいでカッコいい……!)
興味津々で眺めていると、お貴族様が青ざめた顔で私の元へ歩み寄ってきた。
「今すぐ馬車の中に戻りなさい。我が家へ連れて行く。……それと、ここにいる者全員に告ぐ。今起きた出来事は一切口外禁止だ。分かったな!」
衛兵たちが顔を青くしながら必死に頷く。
(え……私、何か本気でマズいことしちゃった感じ……? 殺されるの……?)
冷や汗を流しながら、私は再び馬車に乗せられた。
そして気づいた時には――見たこともないような、圧倒的な大豪邸の前に立っていたのだった。




