第一話 可哀想な私って最高!!
「可哀想に」 「助けてあげたい」 「大丈夫だよ、私がキミを助けてあげるからね」
私に掛けられる言葉は、いつでも、どこへ行っても、こればかりだ。 同情に満ちた目で見つめられ、悲痛な面持ちで優しく頭を撫でられる。これから話す私の境遇を聞いたら、きっと誰もがまた口をそろえて涙ぐみ、「なんて可哀想な子なんだ」と胸を痛めるのだろう。
――バァカ、最高だよ!
心が痛む? 不幸? 冗談じゃない。 私がわざわざ助けを求めなくても、指一本動かさなくても、周りの大人も子供も勝手に私へ手を差し出し、食べ物やお金、温かい服を買い与えてくれるのだ。 こんなに効率が良くて、楽で、生きやすい環境なんて他に存在するだろうか? いや、存在しない。
前の世界――そう、日本で生きていた頃の私には、こんな都合の良い恩恵なんて絶対にあり得なかった。 私は転生者だ。今の名前は「リル」。この中世ヨーロッパ風の異世界で、幼い少女として生きている。前世でどんな人生を送り、どうして死んだのかなんて、今となってはどうでもいい。誰も興味なんてないだろうし、あまり覚えていない。私自身だって過去を振り返る気なんて毛頭ない。
だって、今の私の環境は「最高」なのだから。
日本のアニメや小説でよく見るような『最強のチート能力で敵を一撃粉砕! 超かっこいい無敵の英雄!』みたいな、派手で格好いい能力を授かったわけではない。けれど、私は今の自分の状況に十二分すぎるほど満足していた。
……あ、そうだ。私がどうして周囲の人間からこれほどまでに「可哀想な子」と同情されるのか、その理由をまだ話していなかった。
理由は単純。私が『孤児』だからだ。
私のお父さんとお母さんは、とある貴族の屋敷で働いていた。けれど、仕事でほんの少しのミスをしたという、理不尽極まりない理由で怒った貴族様によって処刑された。……ということになっている。本当のところ、お父さんもお母さんも何ひとつ悪いことなんてしていなかったらしい。
まぁ、平民の主張よりも身分の高い貴族様の言い分が100%優先されるのは、この理不尽な世界では当たり前のことだ。だから周囲の大人たちも、陰でコソコソ噂をするだけで、貴族に対して抗議の声なんて一切上げられないし、上げる度胸もない。 だけど、大人たちや周囲の子供たちは、私のその悲惨で痛ましい境遇を知っているからこそ、私を見るたびに「可哀想に」「惨めな子」と声を掛け、手持ちのパンや小銭を分け与えてくれるのだ。
でも、私がこれほど周囲から助けられる理由は、ただ「悲劇の孤児だから」というだけじゃない。
私という存在が、人間の根底にある『メサイアコンプレックス』を、猛烈に、そして容赦なく刺激しやすいからだと思う。
メサイアコンプレックス――簡単に言えば、可哀想で困っている弱者を過剰に助けることで、「自分はなんて素晴らしく、情に厚い救世主なんだろう」と自己肯定感を爆上げしようとする心理傾向のことだ。人間誰しもが心の奥底に秘めている、身勝手で甘美な自己満足。
つまり私という存在は、周囲の人間にとって「手軽に救世主気分を味わえる最高の玩具」というわけだ。
だからこそ、放っておいても周りが勝手に私を助けようと群がってくる。 結果として、私は何もせずとも圧倒的に生きやすいというわけだ。
「ちょっと待って。貴族に気に入られたり助けられたりしたら、周りの同じ孤児たちから『あいつだけズルい』っていじめられたり嫉妬されたりしないの?」 そう思った画面の前のアナタ! 舐めてもらっちゃ困るぜ。
孤児院にいるガキどもにだって、そのメサイアコンプレックスはバッチリ発動するのだ。 「可哀想なリルちゃんを僕が守ってあげるんだ!」と息巻く男の子や、「可哀想なリルちゃんに私のスープを分けてあげるわ」と満足気な顔をする女の子たち。 ……ね? 完璧でしょう?
――だから大丈夫。私はこの世界でも、計算高く、図々しく、最高に幸せに生きていける自信があった。
◇
「みんな、静かに! 今日は、いつもこの施設に来てくださる方々よりも、さらに身分の高いお貴族様がやってくるわ。失礼のないようにしなさいね!」
院長の甲高い声が孤児院内に響き渡る。 どうやら今日は、噂通りの大物貴族が視察にやってくるらしい。 ふふん、上手く立ち回れば、今よりもっと良い服や、甘いお菓子、あるいは直接的な資金援助が手に入るかもしれない。私の鼻息も荒くなるというものだ。
私は姿見の鏡の前に立ち、手慣れた手つきで完璧な「可哀想な可憐な少女」を作り上げた。 パサつきがちな孤児院の髪を丁寧にブラッシングし、服装のシワを伸ばす。
うん、自分で言うのもアレだが、私のこの体は本当に都合よくできている。 艶やかな金の髪に、右が青、左が緑という鮮やかなオッドアイ。滅多に見られない神秘的で儚げな容姿をしているのだ。泣こうと思えばいつでも目元を赤くして綺麗で粒の大きい涙を流せるし、他の貴族の令嬢や孤児などとは比べ物にならないくらい顔面偏差値が高い。
この圧倒的な美貌で、ウルウルの瞳に涙を浮かべられたら、男なんて子供から大人まで誰だって「守ってあげたい!」と庇護欲を掻き立てられるに決まっているのだ。
「リル、本日の案内役はあなたに頼むわね。その美しさと丁寧な作法なら、お貴族様もきっと満足なさるわ」
「はい、院長先生。私、一生懸命お役目を果たします」
儚げに微笑んでみせると、院長は「なんて健気な子なの……」と目元を拭っていた。よし、掴みはバッチリだ。
しばらくして、重厚な馬車の音が孤児院の前に響き、玄関の大きな扉が開いた。
そこに立っていたのは、目を見張るほどの男の人だった。 綺麗な青色の髪に、明るくも深くて吸い込まれそうになる真っ赤な瞳。思わず私ですら見とれてしまうほどの、貴族たちの中でも群を抜いた極上の美形。豪華な刺繡が施された上質な服を身に纏い、一歩足を踏み入れるだけで周囲の空気がピンと張り詰めるような圧迫感がある。
「はじめまして。本日、こちらの孤児院をご案内させていただく案内役を務めます、リルと申します」
膝を少し折り、完璧で丁寧なお辞儀とともに挨拶をすると、その美しい男は静かに、そしてどこか悲しげに頷いた。
「はじめまして。では今日は、案内をすべて君に任せるとしよう。サスタ」
「はい。どうなさいましたか、旦那様」
「ルキハを任せたぞ」
「ははっ」
男の後ろには、ビシッと隙のない身こなしの従者と……その隣に、水色の髪をした少年が立っていた。サスタと呼ばれた従者が少年の脇に控える。 ルキハ? ご子息様か何かかな。まあ、私の懐が温かくなること以外に興味はないけれど。
「では、ご案内いたします。どうぞこちらへ」 「ああ、よろしく頼む」
私は静かな孤児院の廊下を先導し、施設内の食堂や寝室を一つひとつ案内して回った。男は静かに私の説明に耳を傾けていたが、その瞳は時折、古びた壁や質素すぎる家具を見て胸を痛めているように見えた。
歩みを進める最中、私はふと気になった疑問を、可憐な声で口にしてみる。
「あの……差し支えなければお伺いしてもよろしいでしょうか? 本日はどのようなご用件で、このような小
さな孤児院にいらっしゃったのですか?」
私の問いかけに、男は唇の端を少しだけ上げて、落ち着いた声で答えてくれた。
「他の貴族たちが、何故かこの孤児院にやたらと寄付をしているのだよ。噂を聞いて気になってな。一体どんな施設なのか、一度確かめに来ようと思ったのだ」
(あー、なるほどね!) それは間違いなく私のせいだ。 私という存在にメロメロになり、「可哀想なリルちゃんを少しでも楽にしてあげて!」と、今までに関わった様々な貴族たちがこの孤児院に多額の寄付を叩き込んでくれていたのだ。まあ、私に入るお金が増えるわけじゃないから、大して気にすることでもないけれど。
そう納得していた、次の瞬間だった。
廊下の物陰から様子を見ていた、同じ孤児の男の子がひょっこりと顔を出した。そして、何を思ったのか大
声で叫んだのだ。
「それはね、貴族様! リルを助けるためだよ!」 「……なに?」 お貴族様が足を止める。
「そうだよ! 貴族様の案内役をしているそこのリル! その子ね、他の身勝手な貴族様のせいで、お父さんとお母さんをふたりとも殺されちゃったんだよ!」
(っ!? ちょ、ちょっと待ってバカ!! なに余計なこと言ってるのよ!!)
私の心臓がヒヤリと凍りついた。 目の前にいるのは、間違いなく超ハイグレードな貴族様だ。その本人の前で「貴族のせいで親が殺された」なんて言ったら、「貴族を侮辱する気か!」と激怒されて、その場で斬り捨てられても文句は言えない。
(どうしよう、どう収拾をつければ……!)
私が冷や汗を流していると、お貴族様はゆっくりと私の方へと視線を向けた。その真っ赤な瞳が、じっと私を見つめる。
「……そうなのか?」
低く響く声。逃げ場はない。 私は一瞬で腹を括った。ここで下手に言い訳をするよりも、「完璧な被害者」を演じきる方が生存率は高い!
私はスッと視線を落とし、悲痛に耐えるように唇を噛み締め、うつむいた。そして、瞳にじわっと大きな涙を溜めて見せた。自分で言うのもアレだが、泣く演技のタイミングは完璧だ。
艶やかな金髪が頬をかすめ、オッドアイの瞳からポロリと一粒の綺麗な涙がこぼれ落ち、床に静かなシミを作る。この世の悲劇をすべて背負ったかのような、儚くも美しい少女の姿。
「……はい。ですが……もう、終わったことです。身分の低い平民の私たちが、お貴族様を責めることなんてできませんから……」
儚げに、消え入りそうな声で少しだけ微笑んで見せる。 どうだ! これで「なんて健気で健気な子なんだ」と納得して、その場を収めてくれるはず――!
そう思った、次の瞬間だった。
カツン、と靴音が響き、目の前のお貴族様が、突如として私に向かって深く、深く頭を下げたのだ。 綺麗な少し長い青髪が、さらりと揺れる。
「……そうか。それは……本当に、すまなかったな」
「っ!? え……っ!?」
私は素で目を丸くした。ぼろぼろと流していた嘘の涙が一瞬で止まりそうになる。 本当に、何故謝るのだろう? 意味がわからない。私の両親を処刑した狂った貴族は、目の前にいるこの人ではないのだから。
男は頭を上げたが、その吸い込まれそうな赤色の瞳には、痛烈な苦悶と後悔の色が滲んでいた。
「貴族とは、元来平民を守るために存在するべきなのだ。それが事実を偽り、理不尽に平民を処刑するなど……あってはならんことだ。……同じ貴族を代表して、私から君に深く謝罪させてほしい。本当に、済まなかった……」
(うわぁぁぁぁ……出たよ、重症のメサイアコンプレックス!!)
私は心の中で絶叫した。 自分がやったわけでもないのに、「貴族という立場を代表して」「自分が責任を感じて胸を痛める」という、超高尚かつ重度の救世主気取り! 自分が悪くなくても『傷ついたかわいそうな子』を見たら謝らずにはいられないタイプだ!
「い、いえいえ! 謝られるべきなのは貴方様ではありません! それに……本当に、もう過ぎてしまったこ
とですし、私はこうして元気に生きていますから……っ」
焦って首をぶんぶんと振りながら、儚げな笑顔を作ってみせる。 すると、お貴族様はさらに胸を痛めたように「くっ……こんな幼い子に、これほど気を使わせるなんて……」と悲しそうな表情を浮かべた。まるで、自分の心臓をナイフで刺されたかのように申し訳なさそうにしている。
(面倒くさい! 面倒くさいけど、これはこれで利用価値がありそう……!)
そこへ、タイミングよくドタドタと足音を立てて孤児院の院長がやってきた。
「これはこれは、お貴族様! お案内はお気に召しましたでしょうか? ええ、あちらのお部屋で本格的なお話し合いを……」
院長がお貴族様を談話室へと促す。 ふぅ、助かった。どうせまた寄付金の増額の話か、あるいは「こんなに美しい子なら引き取って養子にしたい」という話だろう。こういう流れは、寄付をしてくれる貴族が来るたびに何度も何度もあった。
けれど――私は自由がいい! 貴族の家なんかに引き取られたら、厳しい礼儀作法やドロドロした権力争いに巻き込まれるに決まっている! 貴族に縛られて生きていくなんて、絶対にヤダ!
だから私は、いつも使っている『必殺技』を放つことにした。
お貴族様が談話室へ入ろうとしたその背中に向かって、私は顔を覆い、しゃくりあげるように声を漏らした。
「すみません……っ。新しいお父様やお母様ができるかもと思うと……どうしても本当の両親のことを思い出してしまって……っ! ううっ……ひっく……っ」
ポロポロと、大粒の涙を流して泣いてみせる。 こうして私が「両親を思い出して辛い」と泣いてみせれば、どれだけ欲深くて厚かましい大人であっても、猛烈な罪悪感と「傷ついた子のトラウマを刺激してしまった」という責め苦に押し潰され、二度と養子縁組の話を持ちかけてこなくなるのだから。
お貴族様はハッと足を止め、胸を押さえて「そうか……無理を言ってすまなかった」と消え入るような声で呟き、逃げるように談話室へ入っていった。
よし! 今回も大成功! 完全勝利!!
(……ふぅー、やっとあのお貴族様の案内係が終わったわ。疲れた……)
これでやっと一息つける、と胸を撫で下ろし、猫かぶりの笑みを消して壁にもたれかかった、まさにその瞬間だった。
背後から、少し低めの、けれど幼さの残る通る声が掛けられた。
「お前、すごく綺麗な顔をしているな。……本当に孤児?」
驚いて振り返ると、そこにはいつの間にか談話室に入らず残っていた、あの水色の髪の少年が立っていた。 先ほどのお貴族様と同じ、吸い込まれそうな深い赤の瞳。仕立てのいい豪華な服を着て、腕を組んで私をじっと見つめている。
「……はい、私は孤児です。綺麗と言っていただけて嬉しいです」
私は一瞬で「天使の笑顔」を貼り直し、ニコッと可憐に微笑んで見せた。 すると少年は、真っ赤な目を丸く見開き、固まった。
そして――とんでもない一言を、真顔で口にしたのだ。
「惚れた」
……え?
今、なんて言った?? 掘れた? 彫れた? ホレタ?
え、それとも……惚れた!?




