【ルキハ視点】運命の糸を引く少年
「神童」「天才」「神の子」――。
生まれた時から、誰もが僕をそう持て囃した。
大人たちが浮かべる感心の笑みも、僕に向けられる畏怖の眼差しも、ただひたすらに退屈だった。すべてが容易に理解でき、すべてが思い通りになる世界。そんな中で、僕の胸の奥はずっと空虚なまま冷え切っていた。
僕の心を満たしてくれる何か。
僕の全存在を狂わせ、どうしても手に入れてみたいと思えるような「運命」に、僕は出会いたかったのだと思う。
転機が訪れたのは、僕が六歳を迎えた生誕祭の日だった。
王宮の絢爛豪華な大ホールでは、大勢の貴族たちが僕の誕生を祝って杯を交わしていた。だが、主役であるはずの僕の心は、冷めきっていた。生まれたことを祝福されたところで、何になるというのだろう。何一つ面白くない。
退屈に耐えかねた僕は、賑やかな宴をそっと抜け出した。
屋敷を飛び出し、絶対に誰も僕を探しに来ないような場所へ足を運んでみることにした。
そうして気まぐれに辿り着いたのが、街の外れ、打ち捨てられたように佇む薄暗い孤児院だった。
最初は本当に、ただの思いつきに過ぎなかったのだ。
けれど、その泥と埃に塗れた場所で、まさかあんな出会いが待っているなんて思いもしなかった。
柵越しに敷地内を覗き込んだ僕の目を奪うまでに、時間はかからなかった。
――一目惚れだった。
そこにいたのは、一人の少女だった。
陽の光を浴びてキラキラと輝く美しい金髪。そして、左右で色の異なる神秘的なオッドアイ。まるで泥の中に舞い降りた一輪の女神のようだった。
言葉を失い、ただ見とれていた僕の耳に、彼女が一人で何かを呟いている姿が映った。
(……ん? なにか一人でブツブツ言っている?)
気になった僕は、すぐさま屋敷へ引き返した。
父上の執務室から、遠くの音を拾うことができる高価な魔法具を盗み出し、誰にも見つからないように抱えて孤児院へと戻った。
魔法具を耳に当て、あの子の小さな声に耳を澄ませてみる。
『転生して孤児院に来てはや二年……どうしよう。ご飯まずいし建物汚いしでヤバいかも。うーん、どうにかしないと。寄付とかもらえないかな?』
小さな呟きだったが、はっきりと聞こえた。
……転生者? 別の世界線?
意味の分からない言葉が混ざっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。要するに、彼女は今、お金に困っていて、この惨めな環境から抜け出したいと思っているのだ。
その瞬間、僕の胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
強烈な衝撃が全身を走り抜ける。これこそが、僕がずっと探し続けていた「運命」だ。
(――手放したくない。絶対に、僕のものにしてみせる)
全身の血が激しく脈打ち、歓喜で脳が痺れるようだった。
どうすれば彼女をこの惨めな場所から救い出し、完璧に僕の手に収めることができるだろうか。僕はその場に佇んだまま、綿密で冷徹な計画を練り始めた。
まず着手したのは、彼女を助けつつ、僕が彼女に会いに行くための正当な口実作りだった。
僕は下級貴族や中級貴族の噂好きな者たちの間に、匿名で巧みに情報を流させた。
『あの街外れの孤児院には、信じられないほどかわいそうな美少女がいる。一度見に行ってみるといい』――と。
効果は絶大だった。噂は瞬く間に広がり、物珍しさに駆られた貴族たちが殺到。孤児院への寄付金や訪問者は爆発的に増えていった。
魔法具越しに見る彼女が、急に貴族の客が増えた理由にまったく気づかず、首をかしげている様子も、僕にはたまらなく愛おしかった。
けれど、これだけでは足りない。国王である父上の目に留まらなければ、彼女を城へ連れ帰る理由にはならないのだ。
だから僕は、父上に直接揺さぶりをかけた。
「父上、貴族たちが他とは比べものにならないほど資金援助をしている孤児院があるそうなのですが……」
退屈しのぎの世間話を装って吹き込むと、父上の耳に噂が届くのは早かった。
「一度行ってみるか。ルキハ、ついてくるか?」
「はい。一応見に行っておこうと思います」
内心で猛り狂う喜びと昂りを押し殺し、僕は澄ました顔で返答した。
ついに、正式に彼女に会える。絶対に、僕の屋敷へ連れて帰るんだ。
◇
孤児院に到着すると、僕は彼女を探すために父上と別行動をとった。
けれど、今思えばそれは痛恨のミスだった。
この汚らしい孤児院で最も品があり、表に出して恥ずかしくない存在は間違いなく彼女だ。なら、父上の案内役に選ばれるのも彼女に決まっている。しくじった。
僕は焦りを抑えながら、案内役としてついてきていたサスタを急いで撒き、彼女の姿を探した。
走る鼓動を押さえつけながら廊下を抜けると、ちょうど父上の案内を終えたらしく、皆の元へ戻ろうとしている彼女の小さな背中が見えた。
一年も待たせてしまって悪かった。やっと迎えに来られたよ。
僕は居ても立ってもいられず、慌てて声をかけた。
「お前、すごく綺麗な顔をしているな。……本当に孤児?」
焦るあまり、少し変な声の掛け方になってしまった。
けれど、彼女は足を止め、振り返って僕を見て微笑んだ。
「……はい、私は孤児です。綺麗と言っていただけて嬉しいです」
……あぁ。二度目の一目惚れだった。
「惚れた」
率直な感情が、そのまま口から漏れ出た。
少女は困惑したように、小さな首を傾げる。
「えっと……? ほれた、とは?」
かわいい。僕の目を見て、僕に言葉を返してくれている。
それだけで胸の奥から怒涛のような幸福感が押し寄せてきて、頭がどうにかなりそうだった。
「ああ! その言葉の通りだ。僕はお前に心を奪われてしまったのだ」
驚きに目を見開く表情すらも愛おしい。
知ってはいるけれど、僕は一応尋ねてみることにした。
「なぁ、どうしてお前は孤児になったのだ?」
「えっと……両親が殺されてしまって」
可哀想な私の女神。僕なら絶対にそんな目に遭わせたりしないのに。
「可哀想に。でも僕ならお前を助けられるな! 良かったな!」
「よし、今から父上のところに行くぞ! ついてこい」
少し強引に、彼女の細い手首を引いてみる。戸惑っている顔も本当にかわいい。絶対に離さない。絶対に手に入れてみせる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 前々から養子縁組のご相談は度々いただくのですが……まだ両親のことが忘れられず、難しいのです……っ」
少女の言葉に、僕は首をかしげた。
何を言っているんだろう? 養子縁組?
そんなものをするわけがないだろう。それでは彼女は『父上の娘』になってしまい、いつかはどこかの男に嫁いでいってしまう。そんなのは絶対に許さない。僕以外の男の視線すら、彼女に触れさせたくないのだから。
「じゃあ、大丈夫だな」
僕は溢れ出しそうな笑みを浮かべ、彼女に告げた。
「僕がお前と婚約するから!」
必死に頭を働かせている顔も、不思議そうに僕を見つめるオッドアイも、すべてが僕を狂わせる。
僕は浮き立つ心を抑えきれないまま、彼女の手を力強く引き、父上の元へと歩き出した。
僕の可哀想で美しい、たった一つの運命の囚人へ向かって――。




