第十八話 牙を隠した生徒
扉を開けると、そこには王宮メイド長のラーニエ、そして昨日紹介された二人の教育係――ランドクとリーンが整然と立ち並んでいた。
「おはようございます、リル様。昨夜の大変な事態を乗り越え、すぐさま学問に励もうとされるそのお心持ち……感服いたしました」
ラーニエが深々と頭を下げると、茶髪で几帳面そうなランドクと、柔らかな金髪を揺らすリーンもそれに続いて綺麗なお辞儀を披露した。
「本日より、リル様の教育を担当いたします。わたくしラーニエは、王族としての立ち振る舞いやマナー、そして学問全体の進捗を監督させていただきますね。そしてこちらが、文字と歴史を担当するランドク、計算と地理を担当するリーンでございます」
「ランドクでございます。よろしくお願いいたします」
「リーンです! リル様と一緒に学べるのを楽しみにしておりました!」
「三人とも、どうぞよろしくお願いいたしますわ。未熟な身ですが、精一杯励みます」
完璧な可憐さを演出しながら頭を下げると、三人は顔を綻ばせ、目元を優しく緩めた。(ふふん、掴みはバッチリね。子供扱いして油断してくれるなら好都合だわ)日当たりの良い応接セットのテーブルに、ずっしりと重い皮表紙の書物や上質な紙、インク瓶が並べられていく。
最初の講義は、ランドクによる「公用語の文字の読み書き」から始まった。
「まず、この国の文字は全部で四十二文字ございます。貴族院へ入る前のお子様であれば、一年に十文字程度を習得するのが平均的ですが……」
ランドクが丁寧に羊皮紙へ文字を書き記し、その成り立ちや発音を説明していく。ラーニエは少し離れた場所から、私の姿勢や羽ペンの持ち方を厳しくも温かい目で見守っている。
(前世で日本語の平仮名・片仮名・漢字をマスターした私からすれば、たった四十二文字の表音文字なんてイージーモードすぎるわ!)
だが、最初からスラスラ書いて見せては「異端」として怪しまれる危険がある。私はあえて羽ペンをぎこちなく握り、少し拙い筆跡で文字をなぞってみせた。
「こう……でしょうか? ランドク先生」
「姿態も美しく、筋がとても良いですよ。ですがリル様、背筋をもう少し伸ばしましょう」
ラーニエから優しく姿勢の指導が入りつつ、ランドクは目を見開いて感嘆の声を漏らした。
「おお……! 素晴らしい飲み込みの早さです! 線の払いも実に美しい!」
(ふふ、褒めなさい褒めなさい。しっかり教えて頂戴ね)
続いてリーンの「計算と地理」の講義へと移る。
初歩的な足し算や引き算の概念を説明されたが、前世で高等教育まで受けた私にとっては九九以前のレベルだ。
ここでも「少し教えたらすぐに理解する天才児」の範囲を絶妙に攻め、驚異的なスピードで課題をクリアしていった。講義が中盤に差し掛かった頃、私はふと思い立ったように、控えめな声で尋ねた。
「あの……先生方。この国の地理について、もっと詳しく知りたいのです。例えば……王都から離れた領地や、隣国との国境の街などは、どのような場所なのでしょうか?」
「まあ、国境や他の領地にまでご興味がおありなのですか?」
「はい。将来、ルキハ様のお力になるためにも、この国の広さやどのような場所があるのかをしっかり頭に入れておきたいのですわ」
(嘘よ。万が一の時にどこへ逃げるのが一番安全か、逃走経路を割り出すための情報収集よ!)
私の「健気な動機」に感心したラーニエが頷くと、リーンは嬉々として一枚の大きな王国全図をテーブルの上に広げてくれた。
「では、こちらの地図をご覧ください。王都を中心に、東西南北に広がる主要な都市と街道がこのように描かれております……」
羊皮紙に描かれた詳細な地形、街道の網の目、そして各領地の特徴。私はそれをまるで宝の地図でも見るかのように、食い入るような視線で脳裏に焼き付けていった。三人という手厚い指導環境を活用し、私は知識という武器を着々と蓄えていくのだった。
次はルキハ視点の物語です




