第十四話 暗闇
――……痛。
頭の奥を殴られたような鈍い痛みで、目が覚めた。
(……ここ、どこ……?)
暗く、湿っぽく、埃っぽい場所。
どうやら私は、どこかのよく分からない汚い倉庫の中に転がされているらしい。腕と足は固いロープで縛られていて、自由に動かすことができない。
そして私のすぐ横の壁には、手のひらサイズの巨大な蜘蛛が1匹、静かに佇んでいた。
……捕まった。
最悪だ。
見知らぬ暗闇の中、身動きの取れない私は、巨体蜘蛛と二人きりで静かに途方に暮れるのだった。
(……どうしよう、これ……!!)
暗く冷たい倉庫の中、どれほどの時間が過ぎただろうか。
お腹も空き、喉もカラカラで気分も悪い。縛り付けられた手足は痛みを通り越して痺れ切っていた。
逃げ出したいのに、体はびくとも動かない。
(魔法で無理やり脱出できればいいけれど……)
私の魔法は制御が難しく、発動すれば大雑把で派手な広範囲攻撃になってしまう。下手に使えばこの倉庫の出入り口を完全に崩落させ、脱出どころか助けの手すら拒む事態になりかねない。それが一番最悪なパターンだ。
助けを待つべきか、けれど……こんな場所、誰も気づけるはずがない。
ため息をつくと、汚れてしまったお気に入りのドレスが目に入り、余計に気が重くなった。その時、重い足音が近づいてくるのが聞こえた。足音は複数。さっきの三人組だろうか。
「よう、元気か、オヒメサマ」
「……何? あんたら誰よ。目的は?」
あざ笑うような声に、私は鋭く睨み返した。
「威勢がいいもんだな。最近のオヒメサマは気が強いらしい。だが言葉遣いには気をつけな。ご加護前の子供なんざ、指一本で殺せちまうんだからな」
確かに、今の私なら簡単に命を奪えるだろう。けれど、私だってその気になれば、あんたらごとこの場を氷漬けにして殺すことくらいできる。自分にも被害が及ぶかもしれないから使っていないだけで、やろうと思えばいつだって――。
(ほんと、私って運がないわ)
私の持つ『メサイアコンプレックス』は、自分に対して強い悪意を向けてくる相手には発動しにくい。この状況で見逃してもらえるなんて甘い期待は捨てるべきだ。
「へぇ、そうなの。あんたらごときが私を殺せるんだ。……度胸もなさそうなのに」
あ、言っちゃった。
煽られて頭に血が上ると、すぐに口に出てしまうこの癖をやめたい。最近は我慢していたのに、極限状態のストレスでついに爆発してしまった。
「……はぁ? 殺す度胸がないだ? 言うじゃねぇか、ガキが。舐めてると本当に殺すぞ!」
「ぐ、あッ……!」
次の瞬間、横腹に激しい衝撃と鈍い音が響いた。折れた。絶対にあばら骨が折れている。
「ふざッけッてんじゃねぇぞッ!」
容赦なく叩き込まれる追撃。意識が急速に遠のいていく。
鉄の匂い――自分の血の匂いが濃く漂っていた。
「おい、そろそろやめとけ! 死んじまうぞ!」
仲間の声に、ようやく暴行が止まる。
強がって言い返してやりたいのに、声すら出ない。荒い呼吸と、耳元でうるさいほど激しく打ち鳴らされる心臓の音だけが響く。
手足を動かそうとしてもピクリとも動かない。血が通っていないのだ。こんなチンピラに殺されるなんて嫌だ。嫌なのに、全身の痛みが意識を塗りつぶしていく。
(私、ここで死んじゃうのかな……)
傷口に涙が沁みて痛い。全身が痛い。もう嫌だ。
「だれ、か……たす、けて……」
かすかな声を漏らした瞬間、外から怒号と激しい争い合う音が聞こえてきた。仲間が増えたのだろうか、それとも――もう考える力も残っていない。視界が暗転し、体から感覚が失われていく。
――その時だった。
眩い光が差し込み、全身を包み込んだ。
嘘のように体の痛みが和らいでいく。
ゆっくりと目を開けると、そこにはまるで物語のヒーローのような男が、焦燥感を露わにして私を見つめていた。




