第十二話 忍び寄る不穏な影
ベルグの店を飛び出した私は、溢れ出しそうな怒りと徒労感でいっぱいだった。
(なんなのよアイツ! 人の覚悟を笑い飛ばした挙句、裏切り者扱いなんて……! 散財計画の第一歩が挫けるなんて冗談じゃないわ!!)
収まらないイライラを紛らわせるように、私はズカズカと下町の通りを歩き出した。
ルキハや護衛の近衛騎士たちが少し後ろを付いてきている気配は感じるものの、今の私は振り返る気にもなれない。
気晴らしに周囲へ目を向けると、そこは王宮の厳かな雰囲気とは打って変わった、活気溢れる下町の風景が広がっていた。
赤レンガ造りの建物が整然と立ち並び、道沿いには色とりどりの果物や焼きたてのパン、可愛らしい小物を並べた露店が所狭しと軒を連ねている。
「わあ……美味しそうな匂い……」
香ばしい焼きたての生地と甘い果実の香りに、さっきまでのイライラが少しだけ和らいでいく。
おいしそうな露店に目を奪われ、ピョンピョンとはしゃぎながら通りを歩いていくうちに、私はだんだんと興奮して足取りが早くなっていった。目に入るもの全てが珍しく、あっちの店へ、こっちの路地へと、吸い寄せられるように移動していく。
(王宮の中に閉じ込められてばかりだったから、こういう自由な空気、本当に久々だわ……!)
前世の記憶があろうと、今の見た目は7歳の少女。珍しい街並みに夢中になり、すっかり警戒心を緩めてしまっていたのだ。
――ふと、立ち止まった。
賑やかだった喧騒が、潮が引くように遠のいている。
周りを見渡すと、いつの間にか先ほどまでの綺麗な赤レンガの街並みは消え去り、暗く湿った不気味な路地裏へと迷い込んでいた。
足元にはゴミが散乱し、鼻を突くような嫌な生ゴミとドブの匂いが立ち込めている。
太陽の光すら届かない、どんよりとした薄暗い空間。
(……え? ここ、どこ……? ルキハは……? ろこは……?)
振り返ってみても、ついてきていたはずのルキハや護衛たちの姿はどこにもない。
あまりにも夢中になりすぎて、曲がり角を何度も曲がるうちに、護衛の目を盗んでスラム街へと迷い込んでしまったのだ。
急激に背筋がゾクゾクと寒くなり、冷や汗が吹き出してくる。
「っ……やだ、早く戻らなきゃ……」
来た道を急いで引き返そうと一歩踏み出した、その時だった。
ザッ、ザッ、と湿った地面を踏みしめる重い足音が、前方の暗闇から近づいてきた。
「おいおい……こんな汚ねぇ場所に、とんでもねぇお宝が迷い込んできたじゃねぇか」
薄暗がりの中から姿を現したのは、身なりの汚い、大柄な男たち――。
腕や首元には禍々しいタトゥーや大きな傷跡があり、下品なニヤケ顔で私を見下ろしている。その数は3人。
逃げようと後ろを振り返るが、背後の路地からも退路を断つように足音が響いていた。
完全に囲まれた。
一瞬で全身の血の気が引き、ドクン、ドクンと自分の心臓の音がうるさいほど耳に響く。
絶体絶命のピンチが、容赦なく私に襲いかかろうとしていた――。




