第十話 歪んだ要塞の夢と、謎の白髪の女性
重く淀んだ空気に包まれた、見知らぬ場所だった。
足元を見下ろすと、そこには不規則にひび割れた漆黒の石畳が広がっている。
見上げるほど高くそびえ立つ城壁は、まるで生き物のように蠢き、どこか歪んで歪曲していた。不気味な要塞――それが、私の脳裏に浮かんだ直感的な言葉だった。
「……ここ、どこ……?」
声を漏らしても、風の音さえしない静寂の中に吸い込まれて消えてしまう。
その時、ゴゴゴ……と不穏な地鳴りのような音が響き渡った。
驚いて振り返ると、遠くにあったはずの巨大な石の壁が、徐々に私に向かって縮まり始めていた。
(嘘でしょ……!? 壁が迫ってきてる……!?)
逃げようと足を進めようとするのに、まるで底なし沼の中に立っているかのように体が重い。必死に脚を動かそうとしても、数センチ進むのがやっとだ。
壁は着実に、圧迫感とともに私を押し潰さんと近づいてくる。
「誰か……! 助けて……!」
声にならない悲鳴を上げたその時――。
『――落ち着きなさい、小さな女の子。そこは貴女が囚われるべき場所ではありません』
頭の中に直接響くような、澄んだ冷たさを秘めた声が届いた。
ハッと目を開けると、迫っていた壁がピタリと動きを止めていた。
視線を巡らせると、空間の歪みの向こう側に、一人の女性がたたずんでいるのが見えた。
胸元まで伸びた美しい白髪。そして、夜闇の中でも怪しく光を放つような、深みのある緑色の瞳。
そのミステリアスで圧倒的な存在感に、私は息を呑んだ。
「貴女は……誰、ですか……?」
絞り出すように問うと、女性は静かに目を細め、どこか哀愁を帯びた微笑みを浮かべた。
『わたくしの名を知る必要はありません。ですが……覚えておきなさい。今、貴女が見ているものは、貴女を取り巻く“歪み”そのもの。甘い言葉と美しい檻に惑わされてはなりませんよ』
「歪み……? 甘い言葉って……」
『追えば追うほど、檻は狭くなる。……次に目を覚ました時、貴女が選ぶ道を見誤らないことを祈っております』
女性がすっと手を差し伸べると、その指先から眩い光が溢れ出し、視界全体を白く染め上げていった――。
◇
「……ハッ……!」
ガバッと体を起こすと、見慣れた王宮の自室の天井が目に飛び込んできた。
全身にびっショリと嫌な汗をかいている。荒い呼吸を整えながら胸に手を当てると、心臓が鐘のように激しく打っていた。
「夢……だったの……?」
首から下げた巾着に触れる。カチリと硬い鍵の感触があり、現実に戻ってきたことを実感してほっと息を吐き出した。
しかし、夢の中で言われた言葉が、冷たい楔のように心に突き刺さったままだ。
(“歪み”……“甘い言葉と美しい檻”……)
頭に浮かんだのは、私に執着し、甘い言葉で囲い込もうとするルキハの姿だった。
あの白髪緑眼の女性は一体誰だったのだろうか。単なる悪夢なのか、それとも私への警鐘なのか――。
窓の外からは、新しい朝の光が差し込み始めていた。
今日は、ルキハと一緒に『ドレス職人』の元へ行く日だ。
不安と疑問を胸に抱いたまま、私はベッドから起き上がったのだった。




