9. 石好き、ついに追放される
その日は、静かだった。
鳥の鳴き声、
風に揺れる木々、
いつもと変わらない朝だ。
けれど、俺にとっては、特別な日だった。
「……今日か」
机の上を見る。
そこには、三年間で作り上げたものが並んでいた。
岩石刻印を施した石。
魔術を保存した刻印石。
研究を書き記したノート。
そして、
初めてこの世界で見つけた水晶。
あの日から三年。
長かったような、短かったような……
不思議な時間だった。
父上から与えられた猶予の三年間、
俺は別館で、自分の力と向き合った。
最初は何も分からなかった。
《岩石刻印》
《好きこそものの上手なれ》
誰も価値を見出さなかったスキル。
でも、俺は好きだった。
石を触ること、知ること、魔術を刻むこと。
それだけは、誰にも負けないと思えた。
「バサルト様」
扉の外から声がする。
「時間です」
ヴァルネスだった。
「……分かった」
荷物を持つ。
多くはない。
服、本、研究道具。
そして、石。
これだけだ。
別館を出て、振り返る。
三年間過ごした場所。
初めて自由に石を研究できた場所。
「ありがとう」
小さく呟いた。
本邸へ向かい、中へ入ると父上が待っていた。
ブレイス=ガリソディア、ガリソディア家当主。
そして、俺の父。
「来たか」
「はい」
短い会話。
昔から変わらない。
父はいつも必要なことしか言わない。
「今日で約束の三年が終わる」
「はい」
「分かっているな」
「……はい」
俺は頷く。
俺は今日、ガリソディア家から出る。
「お前を追放する」
三年前と同じ言葉。
でも、今は少し違って聞こえた。
あの時は、未来を奪われたように感じた。
今は、未来へ進むための言葉に聞こえる。
「バサルト」
「はい」
父は窓の外を見る。
「三年前のお前は、自分の力を理解していなかった」
「だが、今のお前は違う」
「《岩石刻印》」
「そして、《好きこそものの上手なれ》」
「その力が何なのか、私は未だ完全には理解していない」
少し意外だった。
父がそんなことを言うとは思わなかった。
「だが」
父は俺を見る。
「お前自身が、その価値を信じていることだけは分かる」
「……」
「だからこそ」
一拍。
「外へ行け」
「自分の目で確かめてこい」
胸が少し熱くなる。
「父上……」
「勘違いするな」
父はいつもの厳しい表情に戻る。
「ガリソディア家の名を背負う以上、簡単に弱音を吐くな」
「はい」
「そして」
少しだけ間を置く。
「無茶はするな」
その言葉に、俺は目を見開いた。
父が俺を心配している。
「はい」
俺は微笑む。
それしか言えなかった。
俺は少し嬉しかった。
その言葉だけで頑張れる気がした。
屋敷の外、
馬車の前ではヴァルネスが待っていた。
「バサルト様」
「ヴァルネス」
彼とは今日でお別れだ。
そう思うと、少し寂しい。
「三年間」
ヴァルネスが微笑む。
「本当に成長されました」
「そうかな」
「はい」
彼は小さな袋を差し出した。
「これは?」
「旅のお守りです」
袋を開ける。
中に入っていたのは、小さな石。
灰色の、何の変哲もない石。
「これは……」
「覚えておりますか?」
思い出す。
別館へ移る前、机の奥から見つけた石。
俺が大切にしていた石。
「まさか」
「バサルト様が大切にしていたものを、少し加工しました」
首にかけられるようになっている。
思わず握る。
懐かしい感触。
「ありがとうございます」
「どうか、ご無事で」
ヴァルネスは頭を下げる。
俺も頭を下げ返す。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
馬車は動き出し、屋敷が少しずつ遠ざかる。
俺は窓から外を見る。
これで本当に終わり。
ガリソディア家の息子ではなくなる。
でも、新しい始まりでもある。
「さて」
俺は荷物を見る。
そこには、まだ見ぬ石を探すための道具、魔術を刻むための石。
そして、ヴァルネスからもらった石。
「どんな石が待っているかな」
自然と笑みがこぼれる。
追放。
それは終わりではない。
石好きの少年、バサルト=ガリソディアの旅が今、始まった。
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