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8. 石好き、脱出バレる

 水晶を見つけてから、俺の生活は少し変わった。

 いや、正確には、変わってしまった。

「……」

 机の上に置かれた水晶を見る。

 透明な結晶。

 角度を変えるたび、内部で光が揺れる。

 何時間見ても飽きない。

「美しい……」

 思わず呟く。

 前世でも、水晶は好きだった。

 だが、

 今、目の前にあるものは違う。

 この世界で初めて出会った。

 自分自身で見つけた水晶だ。

 それだけで、特別だった。

「バサルト様」

「……」

「バサルト様?」

「……あ、ごめん」

 声をかけられていたことに気づかなかった。

 振り返ると、ヴァルネスが苦笑している。

「また石を眺めていらっしゃいましたね」

「うん」

 隠す必要もない。

 というより、隠せない。

「少しだけ、調べていただけ」

「少し、ですか」

 ヴァルネスが机を見る。

 そこには水晶だけではなく、岩石刻印を試した石がいくつも並んでいた。

「昨日から何時間ほど、この部屋に?」

「……」

 答えられない。

 気づけば夕方から朝までここにいた。

「バサルト様」

「はい」

「食事を忘れておられました」

「……」

 しまった。

 完全に夢中になっていた。

「申し訳ない」

俺は縮まる。

「謝る必要はありませんが……」

 ヴァルネスは水晶を見る。

「本当に、お好きなのですね」

「うん」

 即答だった。

 迷う理由なんてない。

「石を見ると落ち着くんだ」

「そうですか」

 ヴァルネスは優しく微笑んだ。

 だが、その後、

 少しだけ表情が変わった。



 数日後、

 俺はまた別館の裏へ向かっていた。

 目的はもちろん石探しだ。

 別館周辺には、

 まだ見つけていない石があるかもしれない。

 それに、岩石刻印の練習にも材料が必要だ。

「今日はどんな石があるかな」

 そんなことを考えながら歩いていた。

 その時だった。

「バサルト様」

 後ろから声がした。

 振り返る。

 そこにはヴァルネスが立っていた。

「……ヴァルネス?」

 いつもの優しい表情。

 だが、どこか寂しそうだった。

「少し、お話があります」

 嫌な予感がした。

 そして、俺とヴァルネスは室内に移動した。



 別館の中、椅子に座る俺の前に、ヴァルネスが立っている。

「最近、別館の外へ出られていますね」

 心臓が跳ねた。

「……」

「足跡があります」

「……」

「そして、別館の庭だけではつかない土が靴についておりました」

 さすがヴァルネス。

 気づいていたのか。

「ごめんなさい」

 素直に頭を下げる。

「ただ……」

 言い訳をしようとして、やめる。

 ヴァルネスは怒っているわけではない。

 心配しているのだ。

「石を探したかったんです」

 正直に答える。

「この世界の石を、もっと知りたかった」

「……」

「岩石刻印も試したかった」

 少し沈黙が流れる。

 そして、

「バサルト様」

 ヴァルネスの声が少し低くなる。

「ブレイス様から、外出は禁止されております」

「分かっています」

「今は三年間の猶予期間です」

「はい」

「その期間中に問題を起こせば……」

 言葉が止まる。

 でも、言いたいことは分かった。

 追放までの期間が短くなる可能性もある。

「……ごめんなさい」

 俺は俯く。

 すると、

「私は、怒っているわけではありません」

 ヴァルネスが言った。

「ただ、心配なのです」

「バサルト様は、石のことになると周りが見えなくなりますから」

「……否定できない」

 思わず苦笑する。

 その時、

「バサルト」

 聞き慣れた声がした。

 振り向く。

 そこには父、ブレイス=ガリソディアが立っていた。

「父上……」

 表情からは何も読み取れない。

「話は聞いた」

 短い言葉。

 しかし、胸が締め付けられる。

「申し訳ありません」

 頭を下げる。

「ですが、石を探したくて……」

「分かっている」

 予想外の返答だった。

「お前がそういう人間だということは」

「……」

 父は机の上の水晶を見る。

「これか」

「はい」

「自分で見つけたのか」

「はい」

 少し間が空く。

「……綺麗だな」

「え?」

 思わず顔を上げる。

 父が石を褒めた。

 初めてだった。

「だが」

 次の言葉で現実に戻される。

「だからこそ危険だ」

「石に夢中になれば、周囲が見えなくなる」

「お前はまだ、力を扱う術を知らない」

 父は静かに告げた。

「しばらく、外へ出ることは禁止する」

「岩石刻印の練習も」

「必要最低限以外は控えろ」

「……はい」

 胸が沈む。

 石に触れられない。

 スキルを試せない。

 研究できない。

 たったそれだけ。

 なのに、

 俺にとっては、大きなことだった。

 その日の夜、

 俺は机の上を見た。

 水晶、

 岩石刻印を試した石。

 いつもなら、手に取って眺めている。

 けれど、今はできない。

 父との約束だから。

 指先を伸ばす。

 あと少し……

 触れられる距離。

 でも、止めた。

「……」

 石を見るだけ。

 それだけなのに、胸の奥が、少し苦しい。

 前世でも、

 今世でも、

 石は俺にとってただの物ではなかった。

 疲れた時、迷った時、

 何も言わず、そこにいてくれる存在だった。

 それを失ったような感覚。

「三年……」

 小さく呟く。

 追放までの三年間。

 それは、短いと思っていた。

 でも、

 今は少しだけ違う。

「早く……」

 自由に石を探せる日が来てほしい。

 そう願ってしまった。

 そして俺は知らなかった。

 この小さな我慢が、

 後に、俺の人生を大きく変えるきっかけになることを。

親御さんには、

誰と、いつ、どこで、何をして遊ぶのかを言っておきましょうって

夏休み前には言われましたねぇ。

これは、今回のバサルト君にも言えます。

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