7. 今世初めての水晶
別館での生活が始まり、
数日が経った。
俺の生活は、
思っていたよりも悪くなかった。
朝起きる。
ヴァルネスの授業を受ける。
昼からは時間を使ってスキルの研究。
そして夜には、その日の成果をまとめる。
ただそれだけだ。
普通の十三歳の生活(+異世界味ある生活)を送れている。
追放される予定の身。
普通なら不安でいっぱいになっていてもおかしくない。
だが……
「……楽しいな」
俺は机の上に並べた石を見る。
小さな石。
初めて岩石刻印を試した石。
土壁の魔術を刻んだ石。
どれも高価なものではない。
だが、俺にとっては大切な研究成果だった。
「バサルト様」
「ん?」
振り返ると、
ヴァルネスが部屋の入口に立っていた。
やっぱ……
この人、人外ではないのかな?
ドアを開ける音もなくいつのまにか部屋にいるし……
プライバシーがないのではないか。
まぁ、異世界で嘆いたってしょうがない。
「また石を眺めていらっしゃいましたね」
「……うん」
否定できない。
気づけば何時間でも見ていられる。
「本当にお好きなのですね」
「そうみたい」
自分でも不思議だった。
前世でも石が好きだった。
そして今世でも、やっぱり好きだった。
きっとこれは、記憶の影響だけではない。
俺自身が好きなのだ。
もう、魂レベルで刻まれてるんじゃないだろうか?(魂なんてあるのか知らないけれど)
「ところで、バサルト様」
ヴァルネスは少し困ったような顔をする。
「最近、刻印に使う石が減っておりますが……」
「あっ」
思わず目を逸らす。
確かにここ数日は、
《岩石刻印》の練習ばかりしている。
丸を刻むだけではなく、魔法陣を刻む練習もしている。
その結果……
「石が足りない」
当然の結果だった。
「買えばいいのでは?」
「……」
ヴァルネスの言葉に少し悩む。
確かに買えばいい。
でも……
「自分で見つけたい」
口から自然と出ていた。
「自分で?」
「うん」
石はただの材料ではない。
どこで生まれ、どんな時間を過ごし、その形になったのか。
それを知るのも楽しい。
前世でもそうだった。
店で買った石も好きだったが、
自分で見つけた石には特別な思い入れがあった。
「……少しだけ、外を歩いてきてもいい?」
ヴァルネスは少し考えた。
そして、
「裏庭の周りだけですよ」
そう言って微笑んだ。
うん、やっぱり、ヴァルネスは優しい。
別館の裏手には小さな森が広がっている。
屋敷の敷地内なので危険は少ないらしいが、
一応入らないように、とのこと。
俺はゆっくり歩きながら、地面を見る。
土、小石、砂。
同じように見えて、全部違う。
「これは……」
拾い上げる。
灰色の石。
少し重い。
「火成岩かな」
詳しく調べる。
前世の知識が自然と蘇る。
石を見る・触る・考える。
それだけで楽しい。
しばらく歩いていると⋯⋯
「……ん?」
地面の一部に、妙な違和感を覚えた。
周囲の石とは少し違う。
光の反射とその透明感。
まさか、俺は急いで近づく。
土を慎重に払う。
すると、
「……」
そこにあったのは小さな結晶だった。
透明な六角柱。
太陽の光を受け、内部で淡い輝きを放っている。
「水晶……」
声が震えた。
間違いない。
前世でも何度も見た。
鉱物図鑑で、店で、自分のコレクションで。
でも……
これは違う。
これは、
この世界で、俺が初めて見つけた水晶だ。
「綺麗だ……」
指先でそっと触れる。
冷たい。
けれど、不思議と温かい。
胸の奥が満たされていく。
仕事で疲れ果てた夜、何度も石に救われた。
前世の、石塚紫輝だった俺。
そして今、
バサルト=ガリソディアとしての俺。
どちらの俺も、この瞬間を喜んでいる。
「……見つけた」
自然と笑みがこぼれる。
「この世界にも、こんな石があるんだ」
その時だった。
頭の中に声が響く。
《好きこそものの上手なれが発動》
《対象への理解度が上昇しました》
「……え?」
突然の変化に驚く。
しかし、すぐに気づいた。
目の前の水晶の構造が、魔力の流れがさっきまでより鮮明に分かる。
「まさか……」
俺は水晶を見つめる。
《好きこそものの上手なれ》
このスキルは……
もしかすると、好きなものへの理解を深める力なのか?
「これ……」
思わず笑う。
「最高じゃないか」
追放。
父の期待。
未来への不安。
一瞬だけ、全部忘れていた。
目の前には新しい石がある。
まだ知らない鉱石。
まだ見ぬ輝き。
「もっと見てみたい」
そう思った。
この世界にはどれだけの石が眠っているのだろう。
その日、
バサルト=ガリソディアは初めて、
この世界で、自分だけの宝物を見つけた。
それは小さな水晶だった。
しかし彼にとっては……
新しい人生の始まりを告げる、大切な出会いだった。
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