43. 石好きの準備、そして旅立ち
そして最後に訪れたのは、鉱石店だった。
木製の看板には『ロディア鉱石店』と刻まれている。
この街で初めて来た店とは違う店だ。
扉を開けた瞬間、石独特のひんやりとした空気が頬を撫でた。
店内には所狭しと鉱石が並べられている。
ルビー
サファイア
アメジスト
エメラルド
水晶
黒曜石
見たことのない魔石まである。
「……」
危険だった。
非常に危険だった。
財布が……
思わず喉が鳴る。
どれも美しい。
磨き上げられたものもあれば、原石のまま並べられているものもある。
光を受けて輝く鉱石たちは、まるで俺を誘っているようだった。
「いらっしゃい」
奥から店主が顔を出した。
白い髭を蓄えた老人だった。
「旅の準備かい?」
「はい」
俺は頷く。
「少しだけ見てもいいですか?」
「もちろんだとも。石好きなら歓迎だ」
その一言に思わず笑みがこぼれた。
”石好き”
この世界でも、その言葉は変わらないらしい。
俺は棚を一つひとつ眺めて歩く。
大粒の水晶。
透明度の高いアメジスト。
深い青色をしたサファイア。
赤く燃えるようなルビー。
「これもいいな……」
「いや、こっちも……」
完全に時間を忘れていた。
旅立つ前だというのに、頭の中は次に刻印したい石のことでいっぱいだった。
気付けば店主が苦笑している。
「坊主」
「はい?」
「その顔は全部欲しいって顔だ」
「…………」
図星だった。
俺は咳払いを一つする。
「そんなことは……」
否定しようとして、やめた。
否定できなかった。
「少しだけ買っていきます」
「無理するなよ?」
「ええ、必要な分だけです」
そう言って選び始める。
水晶
アメジスト
黒曜石
サファイア
ルビー
まだ使い道は決まっていない。
それでも、旅先できっと役に立つ。
そう信じて……
そして――
五分後、
小さな袋の中には200個ほどの鉱石が入っている。
財布は少し――
いや、かなり軽くなった。
「……」
「大丈夫」
「必要な投資だ」
自分へ言い聞かせる。
店主は笑いながら袋を渡してくれた。
「坊主」
「はい?」
「石を大事にする奴に悪い奴はいない」
「ありがとうございます」
その言葉だけで、少し嬉しくなった。
しかし――
店を出た瞬間。
「またやったなぁ……」
思わず苦笑した。
旅立つ前なのに、結局、石を買ってしまった。
我ながら呆れる。
でも、不思議と後悔はない。
これも俺らしい。
そう思えた。
その夜、
宿へ戻り、荷物をまとめる。
刻印石、食料、旅道具。
そして、今日買った石たち。
「……あっ」
危ない。
水用の収納の刻印石を作るのを忘れていた。
俺は買ってきた大きめの水晶を取り出す。
「収納の刻印」
淡い光が水晶を包み込む。
これで、水専用の収納の刻印石が完成だ。
「よし」
俺は宿の主人に声を掛け、裏庭の井戸へ向かった。
「少し水を汲ませてもらってもいいですか?」
「ああ、好きなだけどうぞ」
桶で水を汲み、水晶へ収納していく。
収納の刻印石の中は時間が止まっている。
だから、この冷たい井戸水は、旅の途中で取り出しても冷たいまま。
「これで水には困らないな」
満足して部屋へ戻る。
収納の刻印石へ旅道具を入れていく。
テント
寝袋
簡易結界石
調理器具
短剣
食料一か月分。
そして、大切な石たち。
「よし」
準備完了。
忘れ物はない。
翌朝、
街の門の前、
俺は一度だけ振り返る。
ここで初めて冒険者になった。
ここで初めて仲間ができた。
ここで初めて、自分の力が誰かの役に立つと知った。
「ありがとうございました」
小さく呟く。
そして、
西へ向かって歩き出す。
目指すは、
石の楽園、行政都市アウレリア。
その途中には、未知の大森林、巨大な山脈がある。
そして、まだ見ぬ出会い。
まだ見ぬ鉱石。
胸の高鳴りを抑えながら、俺は新たな旅路へと踏み出した。
ちなみに、執筆秘話?ですが、
今回バルトくんが買った石たちの総額は――
1,038,000メルクルです。
貨幣に換算すると、
なんと、小金貨1枚、小銀貨3枚、大鉄貨8枚です。
バルトくんがサウベリアで泊まっていた宿が一泊5000メルクル、食費が一日3800メルクルぐらいなので――
新人冒険者が、3ヶ月は生活できる金額ですね。
それを全部石につぎ込むバルトくん……
ちなみに、旅道具とか食料とか諸々で、176,500メルクルです。
もはや”やばい”まできました。
石好きの権化ですね。(^_^;)




