39. 街を守れ! ―刻印師の初陣―
夜明け前、
城壁の上には、張り詰めた空気が流れていた。
兵士、冒険者、魔術師。
誰もが武器を握り、地平線を見つめている。
俺もその中に立っていた。
腰には収納の刻印石。
鞄には土壁、探知、そして昨夜完成させた炎渦の刻印石が五個も入っている。
「来るぞ」
誰かが呟いた。
ドドドドドドドドド……。
最初は小さな振動だった。
しかし、それは徐々に大きくなる。
大地が震える。
城壁の石まで細かく揺れ始めた。
そして――
白。
灰色。
地平線を埋め尽くす魔物の群れ。
「……」
思わず息を呑む。
「これが三万……」
サウブ村の群れとは比べものにならない。
まるで津波だった。
「全員!」
隊長の声が響く。
「配置につけ!」
「弓兵、構え!」
「魔術師、詠唱開始!」
一斉に武器が構えられる。
俺も炎渦の刻印石を取り出した。
「バルト」
隣へガルドさんが立つ。
「怖いか?」
「……少し」
「それでいい」
「怖くない奴は死ぬ」
そう言って豪快に笑う。
「お前は後ろから支援しろ」
「前は俺たちが抑える」
「お願いします」
その時、
魔物たちが一斉に速度を上げた。
「来たぞぉぉぉぉ!!」
兵士の叫び。
ドドドドドドドッ!!
大群が城壁へ雪崩れ込む。
「放てぇぇぇ!!」
無数の矢が空を埋める。
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
先頭のウサギたちが次々と倒れていく。
だが、
後ろから新たな群れが押し寄せる。
「数が多すぎる!」
「炎渦の刻印石!」
俺は兵士へ投げ渡した。
「魔力を流してください!」
「こ、これか!」
兵士が恐る恐る魔力を流す。
次の瞬間、
ゴォォォォォォッ!!
巨大な炎の竜巻が魔物の群れを飲み込んだ。
「うおおおお!!」
兵士が目を丸くする。
ウサギたちは次々と吹き飛び、炎に包まれていく。
「まだある!」
「次!」
俺は収納から刻印石を次々と取り出す。
右へ。
左へ。
前線へ。
「受け取ってください!」
魔術が使えない兵士でも、刻印石なら使える。
それがこのスキルの最大の強みだった。
「西側!」
「狼だ!」
探知の刻印石が反応する。
俺は叫ぶ。
「ガルドさんさん!」
「右から来ます!」
「任せろ!」
ガルドさんは巨大な斧を担ぎ、
「うおおおおおおっ!!」
灰狼へ突っ込んでいく。
ズガァァン!!
一撃で二頭が吹き飛んだ。
「相変わらず強い……」
前は剣でホーンラビットを屠ってたけれど、
絶対本職は斧使いだわ……
しかし、
狼は賢い。
炎を避け、
土壁の隙間を狙い、
兵士へ飛びかかる。
「しまっ――」
俺は土壁の刻印石を握る。
「土壁!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!
狼の前へ壁が現れる。
ドガァン!!
狼は壁へ激突し、その隙に兵士が反撃する。
「助かった!」
「ありがとうございます!」
俺は息を切らしながら収納を開く。
「あと何個だ……」
炎渦の刻印石。
残り二個。
「思ったより減りが早い」
でも、
止まるわけにはいかない。
二時間後、
戦場は炎と煙に包まれていた。
魔物の数もかなり減っている。
兵士たちの士気も高い。
「押し返してる!」
「このまま行けるぞ!」
誰もがそう思い始めた、その時だった。
――ウォオオオオオオオオオン!!
空気を震わせる咆哮、
戦場が静まり返る。
魔物たちが一斉に道を開けた。
その奥から現れたのは、
普通の灰狼の三倍はある巨大な狼。
漆黒の毛並み。
黄金色の瞳。
一歩踏み出すたび、大地が揺れる。
「な……」
「嘘だろ……」
ベテラン冒険者たちの顔色が変わる。
ガルドさんですら斧を握り直した。
「黒狼王だと!?」
一人の冒険者が呟く。
その人によると、
迷いの森の深層には、
黒狼王という、名を冠する魔物がいるらしい。
森のボスで、長らく森の外に出てこなかったそうだ。
巨大な狼はゆっくりと城壁を見上げる。
そして――
ウォオオオオオオオオン!!
その咆哮と同時に、残っていた魔物たちが再び突撃を始めた。
俺は最後の炎渦の刻印石を握りしめる。
「ここからが、本番だ」
石好きの刻印師は、静かに前を見据えた。
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