36. 出発
サウブ村は、穏やかな朝を迎えていた。
昨日までウサギの大群が暴れていたとは思えないほど静かで、
村人たちは壊れた柵の修理や畑の片付けに追われている。
俺も出発の準備を終え、村の入口へ向かった。
「もう行かれるのですか?」
村長が歩み寄ってくる。
「はい」
「長くお世話になるわけにもいきませんし」
「そうですか」
村長は少し寂しそうに笑った。
「これは約束していた地図じゃ」
一枚の羊皮紙を受け取る。
広げてみると、この周辺一帯が細かく描かれていた。
「おお」
「思っていたより詳しくのっている」
川、森、街道、
そして、この村。
目印になりそうな大岩まで描かれている。
「これなら迷わないですね」
そう言うと、村長は一瞬だけ表情を固くした。
「……そうじゃな」
「え?」
「いや、何でもない」
……何だろう。
少しだけ嫌な予感がした。
「バルトさん!」
昨日助けた女性、サーリャさんが駆け寄ってきた。
「本当にありがとうございました」
「妹も無事に見つかりました」
「それは良かったです」
どうやら妹さんは、村の反対側へ避難していたらしい。
というか、髪色といい、名前といい
まるでアーシャさんなんだけど……
まぁ、言及はしないでおこう。
「またどこかでお会いできたら」
「ええ」
「その時は、ゆっくりお話ししましょう」
二人は笑顔で別れた。
「それでは」
「行ってきます」
俺は軽く手を振る。
村人たちも手を振り返してくれた。
「元気でなー!」
「また遊びに来いよ!」
「ありがとうございます!」
こうして俺は、再び旅を始めた。
目指すは、最初にいた街。
そして、その先にあるまだ見ぬ土地。
森へ入り、地図を見る。
「ここを真っすぐ」
「それから分かれ道を右」
「よし」
迷わない。
たぶん。
三十分後、
「……」
俺は地図を見る。
周囲を見る。
「おかしい」
分かれ道がない。
「一本道なんだけど」
首をかしげながら歩き続ける。
さらに一時間、
「……」
今度は分かれ道が三つある。
「え?」
地図には一本しか描かれていない。
「増えた?」
そんなわけがない。
たぶん俺が違う道へ来たのだろう。
「うーん」
少し考える。
右。
いや左。
真ん中?
「……」
「勘でいいか」
真ん中へ進んだ。
歩いている途中、
「おっ」
道端で綺麗な石を見つける。
「これは」
薄い緑色。
表面には白い筋が何本も入っている。
「いい石だなぁ」
収納へしまう。
さらに歩く。
「おっ」
今度は黒い石。
「これも」
収納。
「おお」
赤い石。
収納。
「……」
気付けば三十分ほど石拾いをしていた。
「いけない」
「旅の途中だった」
再び歩き始める。
すると、
前方が少し開けてきた。
「街かな?」
期待しながら走る。
しかし、
そこにあったのは……
「……」
見覚えのある木製の門。
見覚えのある畑。
見覚えのある看板。
そこには大きく書かれていた。
サウブ村
「……」
俺は固まった。
「戻ってきちゃった」
門番のおじさんが笑う。
「あれ?」
「旅人さん?」
「もう帰ってきたのか?」
「……はい」
「ちょっと」
「道を間違えまして」
「はっはっは!」
「まぁ、この森は初めてだと迷うからな!」
豪快に笑われてしまった。
少し恥ずかしい。
村長も出てきた。
「ほっほっほ」
「戻ってきたか」
「……」
「もしかして」
「だから『たぶん迷わん』って言ったんですか?」
「うむ」
「この森は道が変わるように見えるからの」
「『迷いの森』とも言われておる」
「最初は皆迷う」
「先に言ってくださいよ!」
思わずツッコミを入れる。
村人たちは大笑いだった。
結局、
村でもう一泊することになった。
「まぁ」
「石も拾えたし」
「結果オーライかな」
そう自分に言い聞かせながら、俺は苦笑した。
一方その頃、
俺が元いた街では、
「おい!」
「大変だ!」
冒険者ギルドへ一人の男が飛び込んできた。
「西の草原だ!」
「ウサギだけじゃない!」
「狼まで群れを作ってるぞ!」
ギルド内が一瞬で騒然となる。
誰もまだ知らない。
その大群が、やがて街そのものを襲うことになることを。
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