35. 村の温泉は極楽です
――戦いは、一時間近く続いた。
俺は土壁の刻印石で村の防衛線を何度も作り直し、村人たちはその隙に魔術や弓で凶暴ウサギたちを迎え撃った。
親玉らしき巨大なウサギも、村中の力を合わせてようやく倒すことができた。
「終わった……」
俺はその場へ座り込む。
さすがに魔力も体力も限界だった。
「勝ったぞーーー!!」
「村が助かった!」
歓声が村中へ広がる。
子どもたちまで家から飛び出し、大人たちと一緒になって喜んでいた。
「旅人さん」
村長がゆっくり近付いてくる。
「本当にありがとう」
「いえ」
「俺一人じゃ勝てませんでした」
「皆さんが戦ってくれたからです」
これは本心だった。
俺の刻印石だけでは、この数は止められなかっただろう。
「それでも」
「あなたがおらねば、この村は壊滅していた」
村長は深々と頭を下げた。
続いて、村人たちまで一斉に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
少し照れくさい。
「や、やめてください」
「そんな大したことは……」
前世では感謝されるより、仕事を頼まれる方が多かった。
だから、こうして純粋に礼を言われることに慣れていない。
「ささやかじゃが、お礼を受け取ってくだされ」
村長は小さな木箱を差し出した。
「これは?」
「村で採れた鉱石じゃ」
「!」
俺の目が一瞬で輝く。
箱を開ける。
中には様々な石が並んでいた。
乳白色の石。
深緑色の石。
赤茶色の鉱石。
そして、一際目を引く淡い青色の鉱石。
「きれい……」
思わず見入ってしまう。
「この青い石は?」
「アクアライトという鉱石じゃ」
「水属性の魔力を蓄えやすいと言われておる」
「へぇ……」
水属性か。
刻印石に使えそうだ。
「大切にします」
俺は宝物を扱うように、収納へしまった。
「それと、もう一つ」
村長が笑う。
「ぜひ温泉へ入っていってくだされ」
「温泉?」
「村の自慢なんじゃ」
温泉。
前世でも好きだった。
疲れた身体には最高だ。
「ぜひ!」
即答だった。
案内された温泉は、村の奥にあった。
岩に囲まれた天然温泉。
湯気が立ち上り、硫黄の香りがほんのり漂っている。
「おぉ……」
思わず感動する。
「すごい」
岩風呂だ。
しかも、
使われている岩の種類も様々だった。
「この黒い岩……」
「玄武岩かな?」
「いや」
「こっちは花崗岩?」
温泉へ入る前から石を観察してしまう。
「石がお好きなんですね」
横で体を洗っている村人が苦笑する。
「はい」
「大好きです」
即答だった。
服を脱ぎ、ゆっくり湯船へ浸かる。
「はぁぁぁぁぁ……」
思わず声が漏れる。
気持ちいい。
疲れが溶けていくようだ。
「極楽……」
前世でも残業帰りに温泉へ行きたかった。
でも時間がなかった。
だからこそ、この時間が嬉しかった。
ふと、湯船の底を見る。
「……」
石だ。
温泉で長年磨かれた丸い石が並んでいる。
「最高じゃないか」
また見惚れてしまう。
手に取って眺める。
表面はつるつる。
色も美しい。
「持って帰りたい……」
そんな欲望が頭をよぎる。
しかし、
「いや」
「これは温泉の石だ」
「ここにあるから美しい」
俺はそっと元の場所へ戻した。
石好きにも、最低限のマナーはある。
湯上がり、
村長が冷えた果実水を差し出してくれた。
「酒もあるが、まだ未成年じゃろ?」
「はい」
「果実水で十分です」
甘酸っぱい果実水が喉を潤す。
「おいしい」
戦いの疲れが、一気に吹き飛んでいく。
もちろん、一杯だけいただいた。
夜、
村人たちと食事を囲みながら、俺は改めて思った。
「旅っていいな」
石と出会える。
人とも出会える。
困っている人を助けることもできる。
追放された時は絶望した。
でも今は違う。
自由だからこそ見られる景色がある。
そんなことを考えながら、俺は満天の星空を見上げた。
翌朝、
村長は一枚の地図を手渡してくれた。
「街へ戻るなら、この道を行くといい」
「ありがとうございます」
「……たぶん迷わんはずじゃ」
「たぶん?」
「……」
村長は静かに目をそらした。
少しだけ、不安になった。
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