29. あっ、偽名
「──飛び級試験、終了!」
試験官の声が演習場に響いた。
石造りの魔導人形は、俺が作った土壁と刻印石を駆使した戦いの末、動きを止めていた。
結果は上々。
試験官たちも何やら真剣な表情で話し合っている。
「合否につきましては、本日夕方に発表いたします」
「受験者の皆様は、それまで自由にお過ごしください」
そう言われ、受験者たちはそれぞれ演習場を後にした。
「ふぅ……」
外へ出ると、思わず大きく息を吐く。
緊張していたつもりはなかったが、終わってみると肩の力が抜けた。
「さて」
夕方まで時間がある。
どうしようか。
そう考えながら街を歩いていると、道端の屋台から声が聞こえた。
「新聞だよー!」
「王都新聞!」
「ガリソディア公爵家の記事も載ってるよ!」
「……ん?」
思わず足が止まる。
ガリソディア公爵家。
つまり、俺の実家だ。
屋台へ近づくと、
一面には父――ブレイス=ガリソディアの名前が大きく載っていた。
『ガリソディア公爵、山岳地帯の新鉱脈を発見』
「父上……」
相変わらず忙しそうだ。
記事を少し眺め、俺は新聞を棚へ戻した。
「……」
その瞬間だった。
「そういえば」
頭の中で、一つの考えが浮かぶ。
「俺……」
「本名で登録してる」
魔術士ギルド、冒険者ギルドのどちらも、
バサルト=ガリソディア
この名前で登録している。
「……まずくない?」
今は誰も気にしていない。
でも、もし有名になったら、
「ガリソディア?」
「公爵家の?」
そう言われる可能性は十分ある。
しかも俺は、追放された身だ。
「いやいやいや」
目立つのは良くない。
せっかく自由に旅ができているのに、変な噂が立ったら面倒だ。
「まぁ、有名になるわけないか」
そんなことは思いつつも……
「偽名」
必要だ。
うん。
絶対必要だ。
あとあと、困るのは嫌だしね。
「でも」
どんな名前にする?
前世の名前は論外。
石塚なんてこの世界では不自然すぎる。
「ガリソディア……」
少しだけ考える。
「……あ」
いいことを思いついた。
「短くすればいい」
バサルト、ガリソディア、それぞれの一部だけを残す。
「――ディア」
「……」
「バルト=ソディア」
口に出してみる。
「悪くない」
元の名前の面影はある。
でも、
知らない人から見れば、ただの旅人の名前だ。
「決まりだな」
俺は微笑んだ。
その足で、冒険者ギルドへ向かう。
「こんにちは」
「あら、バサルト君」
受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「今日はどうしたの?」
「登録名って変更できますか?」
「できますよ?」
「理由は?」
「ちょっと事情がありまして」
受付嬢は深く追及しなかった。
「じゃあ、こちらへ記入してください」
俺は羽ペンを受け取り、ゆっくりと名前を書く。
バルト=ソディア
「これでお願いします」
「承りました」
受付嬢は新しい冒険者カードを用意してくれた。
「これからはこちらのお名前になります」
「ありがとうございます」
続いて魔術士ギルドへと赴く。
「登録名の変更ですね」
「はい」
「この名前でよろしいですか?」
「はい」
「バルト=ソディアでお願いします」
こうして。
俺は二つのギルドで正式に偽名を使うことになった。
帰り道、
新しいギルドカードを眺める。
バルト=ソディア
「……なんか」
「冒険者っぽい」
少しだけ嬉しくなる。
これなら、
誰にも気付かれずに、自由に石を探しながら旅ができる。
石好きとして。
そして、
一人の冒険者として。
「よし」
俺はカードを大切にしまい、小さく笑った。
その頃、
魔術士ギルドでは、
「飛び級試験の結果がまとまりました」
「今年は……」
「面白い新人が現れましたね」
試験官たちが、一枚の評価表を見つめていた。
だが、これを彼が知るのは、まだまだ先である。
評価をお願いします!




