23. 森のアーシャさん
「……助けて」
その一言を残し、熊だった少女は意識を失った。
「お、おい!」
俺は慌てて駆け寄る。
呼吸はある。
脈もある。
だが、身体中に細かな傷があった。
腕には爪で引っかかれたような傷。
足には泥と血が付いている。
服もところどころ破れていた。
「誰かに追われてたのか……?」
俺がそう呟いた時だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
先ほど助けた薬草採取の少女も駆け寄ってきた。
「はい」
「この子は気を失っているだけみたいです」
「よかった……」
少女は胸をなで下ろす。
そして、倒れている少女の顔を見ると驚いた。
「えっ……アーシャさん!?」
「知り合いなんですか?」
「はい!」
少女は何度も頷いた。
「この森の奥で薬師をしている方です!」
「薬師?」
「病気や怪我を治してくれる、とても優しい人なんです!」
「……」
薬師……か。
さっき熊だったことは、ひとまず置いておこう。
近くの倒木へアーシャさんを寝かせる。
すると、彼女はゆっくりと目を開いた。
「……ここは?」
「森ですよ」
俺が答える。
アーシャさんは数秒ぼんやりした後、飛び起きようとして……
「っ!」
傷が痛んだのか、小さく顔をしかめた。
「無理しないでください」
「あなたが……助けてくれたの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺もよく分からなくて」
熊を助けたのか。
人を助けたのか。
いまだによく分からない。
アーシャさんは困ったように笑った。
「ふふっ」
「ありがとう」
「私はアーシャ」
「森で薬師をしています」
「バサルトです」
互いに名乗り合う。
「一つ聞いてもいいですか?」
「ええ」
「さっき……熊でしたよね?」
アーシャさんは一瞬だけ固まった。
「あー……」
「見られちゃったかぁ」
頭をぽりぽりとかく。
ずいぶんあっさり認めた。
「私のスキルなの」
「スキル?」
「《獣化》っていって、熊の姿になれるの」
「なるほど」
異世界だ。
そういうスキルもあるのだろう。
「でも」
アーシャさんの表情が少し曇る。
「熊になると理性が少し薄くなるの」
「だから、人を襲っちゃうこともある」
「……」
「今日は必死に我慢してたんだけど」
「限界だった」
そう言って苦笑した。
「だから、あの土壁で止めてもらえて助かった」
「そうだったんですね」
俺も少し安心した。
完全に討伐してしまわなくて、本当に良かった。
「そうだ」
アーシャさんが
「《癒し》」
そう呟く。
すると、
淡い緑色の光が彼女の身体を包み込んだ。
腕の傷、
足の傷、
破れた皮膚が、
見る見るうちに塞がっていく。
「えっ!」
思わず声が出た。
治っていく。
本当に、一瞬で、だ。
「これは……」
「《癒し》のスキル」
アーシャさんは照れくさそうに笑う。
「傷を癒やすことができるの」
「すごい……」
前世なら、
こんな力はあり得ない。
魔法、奇跡、
そんな言葉がぴったりだった。
そして、
俺の頭の中には、別のことが浮かんでいた。
「……刻印できるかな」
「え?」
「あっ」
しまった。
つい口に出してしまった。
「い、いや!」
「独り言です!」
慌ててごまかす。
アーシャさんは首をかしげたが、それ以上は聞いてこなかった。
その時だった。
「アーシャ!」
森の奥から男性の声が響く。
数人の村人らしき人たちが駆け寄ってくる。
「無事だったか!」
「心配したんだぞ!」
「村長さん」
アーシャさんはほっとしたように笑う。
先頭にいた老人は俺を見ると、深々と頭を下げた。
「冒険者殿」
「この子を助けてくださり、本当にありがとうございます」
「いえ」
「たまたま通りかかっただけです」
老人は何度も頭を下げた。
「ぜひ村へ来てください」
「お礼をさせていただきます」
「いや、お礼なんて……」
そう言いかける。
しかし、
「村の近くには珍しい鉱石もありますよ」
「行きます」
即答だった。
村人たちが一斉に笑う。
アーシャさんまでくすくすと笑う。
「石が好きなんですね」
「はい」
隠すつもりはない。
石は好きだ。
前世でも、今世でも。
それだけは変わらない。
こうして俺は、
熊退治の依頼を終え――
なぜか、
薬師アーシャさんの住む村へ招待されることになった。
そして俺はまだ知らない。
彼女の《癒し》のスキルが、
俺の刻印石を、さらに一段階進化させることになることを。
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