2. 石好きの転生
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岩山を吹き抜ける風は冷たかった。
ガリソディア領は、
国内屈指の山岳地帯として知られている。
切り立った岩山が幾重にも連なり、
豊富な鉱石や魔石を産出する。
その恩恵を受けながら、ガリソディア家は代々、土魔術の名門として栄えてきた。
今日、俺、バサルト=ガリソディアは、
父であるブレイス=ガリソディア公爵に同行し、領内視察へ出ていた。
「足元に気を付けろ、バサルト」
振り返ることなく父が言う。
「はい、父上」
返事をしながら、小さく息を吐く。
父は厳しい。
物心ついた頃から、父に褒められた記憶はほとんどない。
それでも嫌いではなかった。
公爵として領民を守る姿は誰よりも立派で、
その背中は幼い俺には大きく映っていたからだ。
「ブレイス様」
後ろから執事ヴァルネスが歩み寄る。
「この先の採石場ですが、昨日から雨の影響で地盤が緩んでいるとの報告が届いております」
「分かっている」
「だからこそ、この目で確認する」
父は短く答えると、崖の方へ視線を向けた。
俺もつられて見上げる。
巨大な岩壁。
何百年、何千年と風雨に耐え続けた岩肌には、不思議な模様が刻まれている。
……綺麗だ
なぜだろう。
石を見ると落ち着く。
昔からそうだった。
磨かれた宝石も好きだが、こうした無骨な岩肌にも、不思議と心が惹かれる。
「どうした」
「いえ……石が綺麗だな、と」
父は一瞬だけ俺を見た。
そして、何も言わず前を向いた。
ヴァルネスだけが、どこか優しい目をして微笑んでいた。
その時だった。
…パキッ
小枝でも折れたような、小さく、乾いた音が響く。
しかし父はすぐに反応した。
「全員、下がれ!」
鋭い声が山に響く。
次の瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
山全体が唸り声を上げた。
「崩落だ!」
護衛が叫ぶ。
だが、父上は冷静な表情だった。
巨大な岩が、濁流のように斜面を転がり落ちてくる。
「土壁!」
父が両手を突き出す。
地面が盛り上がり、分厚い土壁が一瞬で形成された。
しかし、
ドガァァァン!!
一つ、二つではない。
数十もの岩塊が土壁へ激突し、砕け散る。
「ちっ……!」
父の表情が初めて険しく歪んだ。
”耐え切れない”
そう悟った瞬間だった。
「バサルト様!!」
ヴァルネスが俺へ飛び込んでくる。
だが、その手が届くより早く、世界は灰色に染まった。
轟音と衝撃……
そして……
石の匂いがする。
湿った土。
砕けた岩。
鉄を思わせる鉱物の香り。
どれも初めて嗅ぐはずなのに、
……懐かしい
なぜだ?
俺は、この匂いを知っている。
そう思った瞬間だった。
頭の中を、焼けた鉄棒が突き抜けるような激痛が走る。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」
視界が真っ白になる。
誰かの叫び声が聞こえる。
父か、ヴァルネスか、
それとも、自分か、もう分からない。
脳へ、何かが流れ込んでくる。
白い蛍光灯の下で、キーボードを打つ音がする。
飲みかけのエナジードリンクと、未開封のコンビニのパンが机に乗っている。
一向に終わらない残業に対する疲れた感情が入ってくる。
鏡に、目の下にクマがある、やつれた自分が映る。
岩塚紫輝……
「違う……」
今度は別の記憶。
剣術、
魔術、
家庭教師、
父との訓練、
母の笑顔、
ヴァルネスと過ごした日々、
そして……
バサルト=ガリソディア……
二つの人生、記憶、感情が流れ込む。
脳が耐えられない。
どちらが本当だ?
俺は誰だ。
石塚紫輝か。
それとも、
バサルト・ガリソディアか。
違う。
違う、違う。
どちらかではない。
どちらも俺だ。
三十余年を生きた石塚紫輝。
十数年を生きてきたバサルト=ガリソディア。
二つの人生が、まるで二本の川が合流するように、一つへ溶け合っていく。
激痛は、次第に静まっていった。
代わりに残ったのは、奇妙な安心感だった。
……そうか。
だから、こんなにも石が愛おしいのか。
目の前の砕けた岩に手を触れる。
冷たく、ごつごつとした感触。
それだけで、不思議と心が落ち着いた。
前世でも、今世でも、
俺は、やっぱり石が好きらしい。




