6:ワイルド・アット・ハー君
ハー君が、いつもマンションの駐輪場にいるように
なってからしばらく経っていた。大家さんの配慮で
集合ポストの下に給餌スペースが設けられたので、
ハー君も他の野良猫たちも毎日のご飯に困ることは
なくなったが、ハー君はどこまでも自由気侭で天衣
無縫なワイルド・キャットだった。狩猟本能の赴く
まま、近所の側溝や暗渠つまりドブに潜り込んでは、
都会に倹しく生息している鼠たちを追いかけ回して
グレート・ハンティング三昧。そして仕留めた獲物
をほんの少し(実際は中身のほとんどを)味わうと、
食べ残しをいつもお世話になっている大家さんへの
ささやかな返礼として、そっと皿の横に並べていた。
それを見つけた大家さんから緊急のLINEが届き、
私がコンビニ袋(小)を手にして、この期に及んで
弱肉強食の餌食となった哀れなチュウチュウの亡骸
の処理に向かうのが日々のルーティンになっていた。
まあしかし、ハー君がとってきた鼠を処理すること
自体は(けっして楽しい作業ではなかったけれど)
何とか対処できていた。ペリッと剥がしてクルクル
してポイである。重大な問題は、別にあった。
暗渠の中を夢中で走り回っていたであろうハー君の
全身は、それはもう、凄まじい汚れっぷりであった。
どこでどんな行動をとればそんな状態になるのかと。
私も最初にその姿を見たときは、驚いて二度見した。
すぐにはハー君だと分からなかったのだ。正体不明
の未確認生物=UMAに見えた。その写真がこれだ!
(※閲覧注意※)
見ーーーたーーーなーーーっ!!!
あまりの衝撃に腰が抜けて、何があったんだハー君
と問い詰めたが、もちろんハー君が答える訳もない。
これが飼い猫だったなら、帰宅時に有無を言わさず
押さえつけて全身の洗浄もできただろうが、生憎と
ハー君は、人間が体に触ることを徹底的に拒絶する
誇り高き野良猫である。警戒心も半端なく強くて、
仕掛けられた捕獲機など、見向きも近づきもしない。
確保も捕捉もできない。正直どうしようもなかった。
私たちマンション住人は(ちょっと臭いもきついな)
と辟易しながら、ハー君のある意味センシティブな
姿を、為す術もなく見守るしかなかった。まあ本人
もとい本猫は満更でもなく、けっこうドヤ顔だった
(かも知れない)。勲章くらいに思っていたかもだ。
野生の血を滾らせ、都会のコンクリートジャングル
で獲物を追いかける獰猛な狩人、すなわちシティー
ハンターといっても過言ではない(過言だ)。
しかし不思議なもので、この汚れもしばらくしたら
だんだんと薄くなり、ほぼほぼ元の姿に戻っていた。
猫だから、雨で洗い流しているとは考えにくいが、
たまたま暗渠に綺麗な水が流れていた時に侵入して
汚れが落ちたか、或いは自分で舐めとっているのか、
猫仲間に毛繕いされているのか、それとも、反撃を
モノともせずハー君をゴシゴシ洗う人間勇者がいた
のか? だとしたら、誰だろう。少なくとも私では
ない。大家さんでもないし、Kさんでもない。誰に
やってもらったかを聞いても、ハー君はハーと凄む
だけだ。これはもしかしたら神様に洗ってもらった
のではないか? そうだ、きっとそうだ!神様だ!
猫にはそれはそれは綺麗好きの神様がいるんやで。
猫洗いの神様に違いない!そうだ!そう決まった!
猫神様に祝福あれ!ハレルヤ~!(まあ落ち着け)
しかし残念なことに、せっかく神様に身だしなみを
整えられ、綺麗にしてもらっても、日にちを置かず
ハー君はまたしても自ら暗渠に潜り込み、ドロドロ
になりながら大家さんに捧げる齧歯類の生贄を追い
回すのだった。なんと健気で義理堅い猫であろうか。
涙を禁じ得ない。でもやめてほしい。




