3:ハー君はボス
ハー君はマンションの駐輪場を縄張りにして、朝夕
住人から提供される餌を当然のように食べていた。
しかし、けっして餌を独占しなかった。私が仕事を
終えて帰宅すると、他の猫が夢中で食べているのを、
ブロック塀や自転車のサドルの上から、或いはすぐ
横で穏やかに眺めるハー君がいた。母猫や子猫には
特に優しかった。ハー君は強面だったが、他の猫と
喧嘩して揉めているところは、見たことがなかった。
これは大家さんから聞いた話だが、近隣マンション
の高所から転落して絶命した、可哀想な猫がいた。
ハー君は、その亡骸に覆い被さるように寄り添って、
保健所の職員が収容にやって来るまで、傍を離れず
周囲に目を配り、ずっと守っていたらしい。
自覚があったかどうかは分からない。本能のなせる
業かも知れない。猫の気性も人間同様に十猫十色だ。
しかしとにかくハー君は、そういう猫だった。後に
私が保護(というより、ほぼ拉致監禁)してうちに
連れ込んで飼い始めたエコルと豆の母子も、今から
思えば、いつもハー君と行動を共にしていて、三匹
一緒に近所を走り回っていたように思う。ハー君が
私を見て『何だ、またおまえかよ』という顔をして
走り去る後ろから、三毛の母猫(後のエコル)も、
サバトラの子猫(後の豆)も『おまえかよ』『かよ』
という顔で、続いて走り去っていったのを思い出す。
そうこうしているうちにも、月日は流れていく。
里親ボランティアに保護されたり、運命の出会いで
飼い猫となって人間と暮らし始めた猫も何匹かいて
(うちのエコ豆がそうだ)、或いは残念ながら死んで
しまったり、行方知れずになる猫もいて、あれだけ
たくさんいた近所の野良猫の数も徐々に減り始めた。
しかしハー君は変わらず常にそこにいた。縄張りの
マンション駐輪場に腰を据え、腹を空かせた他の猫
たちを庇護して、気前よく餌を分け与えていた。
その佇まいは、明らかにボスであり、親分だった。
人間でいえば、高倉健さんが演じる侠客であろうか。
正直かっこよかったので、例によって帰宅時に顔を
合わせたとき、挨拶ついでにちょっとおだててみた。
「ハー君、あなた、なかなか男前ですね」
「ハーッ!!」
照れている。




