第四話
視界が真っ白になった。キライーヤも芝生もベンチも、何も見えない。
突然、背中のあたりに衝撃を感じ、思わずよろめいた。
何度かまばたきをすると、再び視力が戻ってきた。プリセンスタの力なのかはわからない。
にしても、何が起こった。キャメルンが両手で目を覆っている。
「まぶしいキャル。空の星が全部落っこちてきたみたいキャル」
光で目をくらましているのか。打撃のダメージは大したことなかったが、光をどうにかして防がなければ。相手が見えなかったら、まともに攻撃だってできない。
その瞬間、太陽が地上に落ちたのかと錯覚するほどの強烈な閃光が広がった。まただ。とりあえず腕をクロスさせて受け身のポーズを取った。が、今度は身体の左側に衝撃を受けた。
数秒後に世界は形と彩りとを取り戻した。影のような身体をして、いったいどこから光を発しているのだろうか。先程、それなりにキライーヤの様子を観察していたつもりだったが、予備動作みたいなものは確認できなかった。だとしたら、どう防げばいい。サングラスなんて持ち合わせていない。ずっと目をつぶっているわけにもいかないし。
自分の背後には、一号棟のガラス張りの壁が――建築の分野ではカーテンウォールというらしいけど。建物の中をちらりとのぞくことができた。さすがに一階の学生課のところには、全員が避難したのか、誰もいなかった。
三度目の閃光が放たれた。つい顔をそむけたが、だめだった。見えない。そのとき、おそらく正面から殴られたようで後ずさりした。ガラスの割れる音が響き、幼い頃に積み木のタワーを崩したりだとか雪玉を投げ合ってぶつけられたとか、それに近い感触がした。ガラスの壁に激突したのだった。
プリンセスタならば、ガラスの破片を浴びても切り傷一つない。ドレスも同じく無事なようだ。
しかし不意に、お腹の上らへんに、机の角やドアか何かにぶつけてしばらく経ったような鈍い痛みがした。これまで受けた打撃のせいか。
相手にはまだ何の攻撃も加えられていない。今は自分のほうが不利な立場だ。なによりもまず、あの光を回避しなければ。たぶんじっと考えている時間はない。
とっさに思いついた。地面を蹴って、全力でジャンプをする。ベンチやキライーヤ、一号棟までどんどん遠ざかり小さく見える。入学翌日のガイダンスで説明された構内マップそのままに、建物や施設が並んでいた。木々の緑がお皿のふちに添えられたパセリみたいだった。どれほどの高さまで跳んでいるのかはわからないが、地図アプリに入っている高精度の航空写真に似た光景だ。
真下に広がる構内で、夜空の星のように小さな光が現れた。あれがキライーヤの閃光か。時間は三秒ぐらいだった。
ここ上空には相手からの光が届かない。だが、こちらも攻撃できない。
プリンセスタでも空は飛べないから、ゆっくりと降下して一号棟の平らな屋根に立った。キライーヤが私を見上げる。一号棟は彼の背丈よりも高かった。
このタイミングで閃光が。また一面が白くなった。屋根の高さ程度では避けられないのか。
足元がぐらつく。身体には何も受けていない。建物自体が揺れている。私を直接には攻撃できず、一号棟の地上階を狙ったようだ。
建物の崩壊に巻き込まれたら厄介だな。この距離ならば、と考えて、相手に向かって跳び蹴りをした。
閃光でキライーヤの姿がわからなくなる。けれども、自分の身体は一直線に進んで、たしかに足が彼に当たった感覚がした。何度も経験しているから間違いない。
キライーヤは後ろに両手を突いて座り込んでいた。お腹の下か脚あたりにヒットしたか。効き目はあったようだが、まだ心の声は聞こえない。
それでも、もう攻撃のパターンは確立していた。一号棟の屋根へと飛び跳ねる。さっきのように繰り返せば、相手にもダメージが蓄積していくはず。勝てる。
再びキライーヤへと跳び蹴り。閃光だ。突然に自分の身体が弾き飛ばされ、ガラスの壁へと突っ込んだ。
気づいたら、建物の四階――デスクトップパソコンの並ぶ情報室だった。誰かが学生用のネットカフェだとか話していたところだ。床に散らばったガラスの破片がキラキラと光る。天の川に底があるとしたら、こんな風かもしれないと思った。
壊れたガラスの壁から外をながめる。キライーヤは芝生に座り込んだままだった。が、両腕の位置が胴体の後ろから前へと移動している。どちらかの手で私を払いのけたらしい。完全に見切られてしまった。
地面に降りる。キライーヤと向かい合った。
二つの考えがある。まずキライーヤに建物を狙わせて、倒壊に導くのだ。この間は、ほこりが舞い上がって大小おびただしいがれきが発生した。ほこりが霧のように光をさえぎったり、がれきの影でやり過ごしたりだってできるかもしれない。
しかし、その前にもう一方を試してもいい。足元には、大きめのガラスのかけらが落ちていた。大学に持ってきているペンケースぐらいか。欠けた部分がきらりと輝いている。
左手を自分の腰のあたりにやった。スカートの正面右の上端には、変身コンパクトがフック付きのポーチのように引っかかっていた。仕組みはわからないが、変身のたび、いつもそこへ勝手に収まっていたのだった。
コンパクトはすんなりと外れた。キライーヤと戦っているとき、どれほど激しく動いても落ちることはないのに。これも仕組みはまったく不明。星の力なのだろうか。
開いたコンパクトを相手に向けて構える。自分でやりながら、有名な時代劇か何かかよと思った。手にしているのは、プリンセスタの変身アイテム――貴重なのには間違いなかった。
視界が白い。想定していたことだ。大事なのはこの後だった。
キライーヤは右手で顔らしきところを押さえていた。よかった。予想は的中した。
単純な原理だ。光の反射。これ以上の説明がいるだろうか。といっても、あちこちに大量に散らばったガラスではだめだった。物が透明に見えるのは光を通しているからで、実際に一号館の壁ガラスを目の前にしていてもキライーヤはなんともなかったわけだし。本当は全身を映す姿見みたいな鏡のほうがいいけれど、この場にあるはずもなく。大きな鏡が夢見た自分に変われる異次元への出入り口になるとかは、複数の作品に出てくる設定だ。って、変身コンパクトも、プリンセスタになるためのアイテムだから半分ぐらいは一緒か。
とにかくコンパクト、よりかはそこに備わったミラーだが、本来の目的をきっちり果たしてくれた。光を跳ね返すということだ。だから、私達は自分の姿を確認することができる。キライーヤにも閃光を返して浴びせられる。
キライーヤは身動きが取れなくなっていた。今のうちだ。ジャンプして大きく脚を振り上げる。そして、相手の頭に空中からのかかと落としが決まった。
彼は前のめりになった。土下座をしている最中の体勢みたいにも見えた。
「トモダチノハズ……ナノニ……ハナサナイ……オモッテイルノハ……ジブンダケ……ナノ?」
心の声だ。左目の高さで横ピースをする。
「チカキラりんっ」
指先を合わせてダイヤを作り、キライーヤへ。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
ベビーピンクの光に相手が包まれていく。キライーヤの実体がベビーピンクに混ざって失われる。
現れた人物を目にして愕然とした。
グレーのギャザースリーブに、膝上が少し見える程度のミニ丈でレザーベルト付きの黒いカーゴスカート。シューズは、ボトムスと色を揃えたヒールのブーツサンダル。ゴールドのネックレスがアクセントだった。波巻きウェーブのかかったハニーブロンドのロングヘア――とても見覚えがあった。
どうして明宝さんがここに。どうしてキライーヤに。頭の中が疑問であふれる。
彼女は近くのベンチに腰を下ろした。
「友達だし。信じてあげなきゃなんだよね」
プリンセスタから元の姿に戻る。偶然を装って、明宝さんのほうへと歩いた。




