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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第二章 ハロー! マイディアフレンド

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第三話

 ベッドにうつ伏せで寝転がって、スマホでフリマサイトをながめていた。

 画面には『プラチナドリーミングス』の映画パンフレット豪華版の商品画像が何件も表示されている。どれも定価の二、三倍の値段だ。よく探してみると、中には五倍のものある。

 やっぱり転売品を買うのはな。アプリを閉じ、ごろりと仰向けになった。

 キャメルンはクッションに腰を下ろしてマンガを読んでいた。小学生のときに私が買い集めていた作品だ。

 何気なく、彼にたずねた。

「あのさ、私がプリンセスタってこと、誰かに話しちゃだめなのかな」

 話したところで、まともに信じてくれる人がいるとは思えないが。単なる興味だ。

 キャメルンはマンガをクッションの上に置いた。

「絶対にだめキャル‼ 星の力は何でもできる魔法キャル。ユルセナイヤのような悪い人に知られてはいけないキャル」

「いい人だったら?」

「それもだめキャル。星の力は想像をはるかに超えるキャル。選ばれた人にしか、正しく使うことはできないキャル」

 選ばれた人――それがプリンセスタなわけね。

「もし話したらどうなるの?」

 キャメルンはすっとこちらに向かってきた。

「恐ろしいことになるキャル。だめキャル! おしまいキャル‼」

 目の前が真っ暗になった。この世のおしまいではなく、キャメルンが顔に抱きついてきたのだ。冷たく乾いた風が岩山の間をびゅうびゅう吹きすさぶほの暗い荒野を思わせる、寂しいにおいを感じた。

「とにかく絶対、ひみつのひみつキャル‼」

 顔の上でばたつくキャメルンを、ベッドの右脇にどかした。誰かに教えるつもりなんてないから、秘密でも全然構わない。

 授業の一〇分前、通学用のトートバッグを机に置き、教室の空いている席に座った。前のほうの席の人があくびをしている。朝一番、一限目の授業だ。

 教科書とノートを出そうとしてバッグの中に手を入れる。ふわふわモコモコな感触がした。この触り心地にはとても心当たりがあった。バッグの口を両手で広げてのぞいてみる。予想の通り、茶色い毛の生えたやわらかいものが。

 ちらちらと周囲をたしかめて、小声で話しかけた。

「キャメルン! なんでついてきたの」

「キャル。旅は道連れ世は情けキャル。旅には同行者がいて、お互いに助け合ったほうがいいって意味のことわざキャル」

 いったいどこで覚えたんだ。通学は旅じゃないし。いや、それよりも。

「今日は家で『プラチナドリーミングス』の続きを観るって言ってたよね」

 入学式の日の夜以降、キャメルンは毎日ちゃんと二、三話ずつを視聴し続けていた。配信サービスのアプリも使い方をすっかりマスターしたようだ。たまに自分も一緒に観て、勝手に解説をしてはうるさがられている。

「昨日観た話で、みんな他の学校に入り込んで色々と調査していたキャル。楽しそうだったキャル。キャメルンもやりたいキャル」

「ライバル校のアイドル達を偵察しに行くやつだっけ。最初は海からダイビングで忍び込もうとするけど、けっきょく警備員に見つかり正式な手続きをして入ることになるんだよね――」

 たしか第二シーズンの初めの頃だったな。第五十数話か。この回は前の続きでライブシーンが冒頭だったはず。などと考えている間に、教室には授業を受ける生徒達がどんどんやって来て、席が埋まっていった。

「とりあえず、中でじっと静かにしてて。顔は出さないでよ」

 既に来てしまったものはどうにもならない。ひとりで帰らせるのも不安だし。

 バッグを自分の左隣の座席に置いた。横長のデスクや他の座席が視界をさえぎり、ぱっと見ではわからないだろう。もし上からのぞき込まれたらバレそうだが、そのときはぬいぐるみだと言い張ろう。大学になんでぬいぐるみを持ってきているのかは――言われたとき次第だ。

 授業中はカバンの中が気になってしかたなかった。いつキャメルンが叫んで飛び出してくるか。自分が何か悪いことをやろうとしているみたいだ。

 けれども、心配していたことは起きなかった。ほとんどの時間でキャメルンは吞気に居眠りをしていた。安心したが、ちょっとうらやましく腹立たしい気もする。

 お昼は明宝さんと一緒に食べた。

 三時限目は彼女と別の授業だった。授業の始まる前に、キャメルンがバッグから少しだけ顔を出してこちらを見た。

「ここでは『プラチナドリーミングス』の話をしないキャル? あんなに好きなのに不思議キャル」

 どきりとした。心の奥底にざわめきを感じた。

「どんなに好きでも、好きだったとしても、それでもだめなときがあるんだよ……色々」

 教授が入ってくる。キャメルンの頭を軽く叩いて、中に隠れるように促した。

 授業にはまったく集中できなかった。いつ見つかってしまうかわからないキャメルンのせいもある。しかし、それ以上に別のことが自分の頭から離れなかった。シャープペンシルを指でもてあそびながら、中学生のときの出来事――嫌なほうのを思い出していた。

 当時、学校で私はアニメやマンガの好きな子達のグループにいた。ロボットアニメの男性キャラクターがかっこいいと人気だった頃、普段の会話もしばらくそれが中心だった。作品自体が話題作で私も観ていたし、相手に合わせるような感じでしゃべっていた。

 どんなきっかけだったか、昔自分が好きだったアニメの話になったことがある。迷わず、私は『プラチナドリーミングス』のことを熱く語った。小学生のときに大ブームだったから、みんなも知っていて、そこそこ盛り上がったと思う。さらに私は、その当時にやっていた続編シリーズのアニメ、アーケードゲーム、ついでにグッズのことまで喜んでしゃべった。こちらの反応は薄かった。ただ、興味がなければ私も似たような態度だろうし、別に構わなかった。

 その後にお手洗いで個室にいたときだった。手洗い場のほうから聞き覚えのある声がした。グループの中にいた二人だ。

「見屋さんって、ちょっと子供っぽいよね」

「わかる。子供っぽいっていうか、幼稚? いまだに『プラドリ』好きってさ。もう中学生なんだから」

「パジャマとかも着てたりして」

「何それ、ヤバすぎ」

 蛇口から流れる水の音に混ざって、くすくすと二人の笑い声が聞こえてくる。

 彼女達に悪気はなかったと思う。前にグループのある子から少年マンガの男性キャラの魅力を熱弁されたが、自分は全然共感できなくて、内心引いていた。手洗い場の二人も、その感覚を言葉で表現したにすぎない。

 けれども、ショックだった。自分の好きなものが認められなくて、まるで私も一緒に拒絶されているような気がした。

 たとえばだが、毎週日曜の朝に放送している女の子向けアニメ――もちろん自分は今でも欠かさずに観ているのだけれど。実際に視聴していたはずの子達に、小学生になったらもう卒業という意識があった。私も経験している。小学一年生になって、そのアニメのグッズを使ったり話題にしたりする子はいなくなった。自分もこっそり観ていたが、友達とは話した記憶がない。いつまでも好きだなんて幼い、そんな考えがみんなの間に共有されていたのだろうと思う。

 『プラチナドリーミングス』は、もう少し対象の年齢が高めだったけれど、小学生の区切りが中学生に変わっただけでけっきょくは同じだった。

 それからグループの子達と何かがあったわけではない。自分は知らないふりをして彼女達と接したし、向こうも一週間が経つ頃には発言したこと自体を忘れていた。

 たずねられたら答える程度で、もう自分の趣味は進んで話さなくなった。高校のときもだ。SNSでフォロワー同士、楽しくしゃべれば事足りるじゃないか。そして、現在に至る。

 いきなり、教室にマイクを通した声が響いた。誰かがスマホのボリューム設定を間違えたわけではなく、もっと全体に聞こえる構内放送だ。

「一号棟から六号棟につながるエリアは非常事態が発生したため立ち入り禁止です。付近一帯には近づかないように」

 大学にも放送の機材があるんだ。素直な感想だった。

 午後の眠気は吹き飛んだ。教室が騒がしくなりはじめている。静かにと教授が注意するが、誰も聞いていない。

 キャメルンが頭の先をバッグからちょこんと出した。

「キライーヤキャル!」

「だよね」

 教室は騒然としていて、自分がぬいぐるみとしゃべろうと一人も気にしていなかった。もし見つかり驚かれても、キライーヤを倒した後にはどうせ忘れるわけだし。

 バッグを手に取ると、教室後ろのドアからこっそり退出した。

 大学の敷地はとにかく広い。高校の校舎ぐらいの建物が何棟も点在しているのだ。まだ行ったことのないエリアのほうが多かった。

「あっちキャル。キライーヤの悪い星の力を感じるキャル」

 キャメルンがバッグから飛び出してきた。宙に浮かびながら、私の数歩先をドローンのように進んでいく。

 黒いキライーヤの身体と一号棟の建物とが同時に見えてきた。ここは私も知っているところだ。一号棟の東側には芝生が植えてあり、タイルを敷いた歩道の脇には一定の間隔でベンチが置かれていた。春先や秋口の天気がいい日には、学生達がお昼を食べたり休憩したりしている。さすがに今はキライーヤが暴れているから誰もいないが。

 一号棟からもっとも近いベンチの前に、ワニ人間が立っていた。どうやってキャンパス内に――と思ったが、あいつはワープみたいに空間を瞬時に行き来する芸当ができたんだよね。

 よし、やるか。まわりを見渡す。そして困ってしまった。キャメルンがしゃべる。

「プリンセスタに変身するキャル!」

 人目を避けられる場所がどこにもない。変身のとき、元々の服は異次元に呑み込まれたかのように消え、ピンクの光に包まれる。この光はふんわりとやわらかくて心地よかったが、肌の感覚から判断して下着に近かった。誰も見ていなくても、人々が覚えていなくても、すっぴんと同じく、そんな姿をさらすのはためらいがある。

 しかも、ピンクの光の向こうはまぶしくて見えないけれど、他人の目にはどうなんだろう。男性向けのアニメだと、映像メディア化のときに見えるようになると聞いたことが。

 キャメルンがしつこく促す。

「どうしたキャル‼ 早くプリンセスタになるキャル!」

 再度、周囲をたしかめてみる。ベンチで身体を隠すのはまず無理だろう。芝生とタイルの道は六号棟のほうまで広がり続いていた。小さく目に映る六号棟へは、キライーヤでも十何歩かはかかりそうな距離だ。遠すぎる。

 となると、もうこれしかない。一号棟へと走り出す。キャメルンが叫んだ。

「どこ行くキャル⁉」

 一号棟の一階は学生課、二階に資格講座の事務室が入っている。一階にはなかったはずだ。階段を駆け上がった。そしてトイレの個室に飛び込んだ。

 キャメルンは間に合わなくて、外から閉まった戸を叩く。

「どうしたキャル! まさかこんなときに――キャル⁉」

 来る途中で空き教室かどこかに寄って変身しておけばよかった、とも思う。もう遅いけど。

「正義つかさどる高潔の星、プリンセスタ・リブラ‼」

 個室から出る。一人になろうとするとき、手軽で身近なのはやっぱりここが最強では。

 キライーヤのところに急がなければ。建物内の二階から一階へ。プリンセスタの身体だったら、一五段以上の階段を丸々飛ばしても平気だった。

 芝生の上にはベンチが何基かひっくり返されていた。ワニ人間が気づいて声を上げた。

「さっきキャルキャル聞こえた気がしたと思ったが、来てたのかよお」

 キライーヤの真正面に立つ。ワニ人間が叫んで命じた。

「今日こそプリンセスタを倒すんだぜえ」

 命令に反応して、キライーヤがこちらを見下ろす。私は顔を上げ、相手をにらみ返した。

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