第八話 心強い味方 その二
警察署へは二〇分ほどで到着した。帰宅の時間を外れたためか、道路は少し空いていた。
署を入ったすぐのところで、刑事二人が出迎えてくれた。五〇代ぐらいのおじさんと、二〇代のお姉さんだ。二人ともスーツを着用していて、おじさんはサンドベージュの、お姉さんのほうはチャコールグレーのパンツタイプだった。
百合岡さんが名乗った後に挨拶をする。
「お忙しい中、わざわざ申し訳ありません。かまいたち事件について伝えたいことがあるそうで。話だけでも聞いてやっていただけると助かります」
まずおじさんがしゃべった。このおじさんは国吉さんといった。
「いえ。こちらこそ夜分にご足労いただき恐縮です。あの事件にはこちらもずいぶんと悩まされておりまして。猫の手も借りたいくらいで。どんなささいな情報でもありがたいってもんです」
ネコというよりはラクダだけど。続けて、お姉さんのほうが話す。彼女は肩に近い位置でポニーテールを結んでいた。
「捜査一課の小早川です。よろしくお願いします」
小早川さんは礼儀正しくお辞儀をした。私達も頭を下げる。
捜査一課――自分はあまり観ないが、刑事ドラマにはよく登場する。主に殺人や強盗など、凶悪な事件を担当する部署だ。国吉さんもここの所属だった。
ちなみに、二課は詐欺や横領、汚職など、三課は窃盗を対象としているそうだ。ネットで検索した結果だ。
捜査本部の設置してある部屋に案内された。といっても、普通の会議室でドアのところに「派遣会社および連続殺人事件 共同特別捜査本部」との紙が貼られている。この事件の解決は社会的にも重要だと判断され、単なる捜査本部から格上げされていた。
横長のテーブルがコの字に並べられ、ぎっしりと各席に人が着いていた。挨拶を交わし、順番に名前と所属を教えてもらった。捜査一課だけでなく、三課、鑑識課、市民課、県警と呼ばれる警察本部からの人達もいた。一連の事件の発生箇所が複数の都道府県にまたがっているため、警察庁広域重要指定事件にもなっていたのだ。それで、色々な人が応援としてやって来ていた。
まさに刑事ドラマみたいだった。ホワイトボードの前で、キャメルンがあの言葉を繰り返す。
「地球の友人達――」
私達による説明もすべて済んだ。うなずきから反論まで何一つなく、室内は異様に静まりかえっていた。
百合岡さんが沈黙を破る。
「にわかには信じがたいことです。私もいまだ疑問は尽きないのですが――わざわざ大人達の前で話そうと決心した彼女らのために、せめてご一考を」
おじさんのほうの刑事、国吉さんがテーブルの奥のほうに目をやった。
「えー鑑識課のほうで今の話について、科学的な見地からの意見をいだきたい」
鑑識課として参加していたのは、四〇代の女性だった。白い花柄のブラウスにアーモンドグリーンのコクーンスカート、髪はハイブラウンのショートボブだった。
「筋は通っていますね。矛盾や破綻はないわ。この話を否定する材料がないってことです」
小早川さんが質問した。
「科学的に信用できる証拠は? ないってことでしょうか」
「そうね。直接にはないわ。この不思議な宇宙人さんが、同じように人間の想像を超えた不思議な現象について語っている。これが間接的な証拠になるってとこかしら」
出席している人達が口々にしゃべった。
「裁判だと、証拠としては弱いやつだな」
「いくら逮捕が困難だからって、こんな空想にすがるようになるとは……」
「上層部にどう説明するんだか。宇宙人? 宇宙由来の能力?」
「裁判の記録に宇宙人とか魂とかが残るのか。こりゃ大変だぞ」
先程までとは変わって騒然としはじめた。こうなるかもしれないことは、正直なところ予想していた。
国吉さんが大きく咳払いをする。
「みなさん色々考えはあると思いますがね、ご存知の通り現在捜査が手詰まりなのはまぎれもない事実です。私の本心としては、解決につながるならSFにでも心霊にでも頼りたい。裁判やらその他にも難題は山積みですがいったん置いておくとして、犯人の確保を第一の目標にすえて議論を進めたいんです。いかがでしょうか」
なんとなくだが、この場の全員が賛成したような気がした。仕事だからとか正義感からだとか理由は様々だろうが、誰もが犯人を捕まえたいと思っているのは間違いなかった。私達や百合岡さんも含めてだ。でなければ、こんな風に話し合ったり、わざわざ警察署へ出向いたりもしない。
議題は犯人の人格に関することになった。何もかも人間の理解を超えることばかりだが、特に霊魂が入れ替わったとの点が強く疑われていた。無理もない。
私達の推測では、犯人の能力が対象にできない〝自身〟とは霊魂のことを指している。だから、肉体へは能力を使うことができた。要するに、神戸の商店街で殺人を犯した高校生には、あのおじさん――杉名容疑者の人格が移っているのだ。
キャメルンが話す。
「宇宙由来のこの能力は人間の魂に取り憑いているのですキャル」
しかし、これだけで信用してもらうのは難しい。現代日本で魂なんて言われてもね。自分だって心から信じているかといえばそうでない。ただ、他に思いつかないからこうだろうと。
一人が資料を読み上げた。高校生についての情報で、私は知らなかった。一般には公開されていないのかもしれない。
「犯人と目される高校生は二学年で、学業は平均より少し下。テニス部在籍。怒りっぽいところはあるが、社交的でクラスの中心グループに属していた。教師や両親との関係は普通。前日、学校と家庭での様子に変わったところなし。同高校に同じ学年の彼女がいるが、本人と周囲の証言では関係良好」
別の人が発言をする。
「能力を手に入れて好き放題にしようと考えたのでは」
男性が立ち上がった。少年係の刑事だった気がする。
「失礼。私の経験からすれば、一〇代でそのように考えるのはかなり珍しいです。その点も踏まえ、犯人の要求について私の見解を述べさせてもらいたい」
神戸の商店街で人を殺したとき、犯人は警官に対して三つの要求をした。人が住める程度の面積を有した島を用意すること、そこに行く船を準備すること、一〇代後半から二〇代の美しい女性をその船に乗せておくことだ。
少年係の刑事が言葉を続けた。
「この要求から読み取れるのは、被疑者が人の少ない島で美しい女性と暮らしたいということです。島ですから、のんびりゆっくり生活したいんでしょう。特殊な事例を除き、一〇代の時点で自分の生活のことを考えるような子はまずいません。心理学者によりますと、両親による庇護が前提にあることと、その庇護によってこれらへの思考が潜在的に制限されるそうなんです。しかも、穏やかな日々を指向しているのが余計におかしい。一〇代って年頃は将来への可能性に満ちていますし、本人達にもなんとなくそんな自覚がある。この年代で未来の成功を捨てて安定を選択するなんて、よっぽどの苦労をしてこない限りは思い至りません。彼の境遇を見るところ、そういった感じでもない。私個人としては、それこそ三〇代以上の人間による発想かと思いますがね」
国吉さんが話す。
「杉名の犯行だと確定している事件は、成人によるものの典型ですとか」
少年係の刑事が着席するのと入れ替わりで、また別の人がしゃべった。
「お金でも何でも、大人は自分のために使うことが多いんだ。宇宙からの超能力もだろうな。逆に、若い子――特に男性は正義とか善悪とかを犯行の動機にしやすい傾向がある」
少年係の刑事が説明を付け足した。
「これも海外の心理学者の説になりますが。未成年は法的な契約などの点から大人のように自由な活動ができません。彼らもその事実を無意識的に認識しているとか。だから、制度や仕組み自体を破壊する方向に行きやすいそうです。社会に挑戦するとき、正義や善悪は使いやすいですから」
スマホのバイブレーションが響いた。小早川さんのものだった。
彼女が通話のために部屋を出ていく。三分ほどして戻ってきた。
「被疑者ですが警察の用意した船に乗り込みました。用意した瀬戸内海の無人島に向かったそうです」
国吉さんがたずねた。
「犯人の確保は?」
「失敗しました。相手も油断していたらしく手錠まではかけられたそうですが、いわゆる能力で外して逃げられたと」
「デコイの赤ポリは?」
「それが――逆上した犯人に襲われて意識不明の重傷のようです」
犯人は船の他に若い美人も要求していたが、もちろんそんなものに応えられるはずはなかった。警察も最初は拒否するつもりだったらしい。ところが、女性警官がその役に立候補した。犯人が油断したところで確保するとの任務を、彼女は自身から果たそうとした。結果は失敗だったが。
捜査本部の場にいた一人が話した。
「被疑者の確保は女性がカギになりそうだな」
凛子ちゃんが質問した。
「どういうことですか?」
国吉さんが回答した。
「どうも犯人は女性に弱いというか、目がないらしいんですな。これまで関係に乏しかったからなんですかね。一連の事件でも生存者は全員三〇代までの女性で、これは――」
小早川さんが彼の言葉をさえぎった。
「やめてください! 彼女達にそんなことを話さなくても」
「おっと。これは失敬」
私は無言になった。凛子ちゃんも何も言わなかった。ということは、彼女も察したのだろう。犯人の最低なやり口を。
やがて、特別捜査本部は慌ただしくなった。犯人の逮捕に向けて愛媛県警が動きだしたとの情報が入る。国吉さんと小早川さんも現場へ向かうことに決まった。
国吉さんが提案してきた。
「いやー誠に勝手で恐れ入りますが、その宇宙人の方もご同行願えませんか。やはり実物を見ていただかないことには。状況が特殊なもんですから」
キャメルンを一人で行かせるのは――とても心配だ。自分も一緒についていったほうがいい気がする。だが、瀬戸内海だぞ。どうやって、どのぐらいの時間がかかるのか。
凛子ちゃんに百合岡さん達も交えて相談した末、二人が同行することになった。凛子ちゃんは小声で、私にだけしゃべった。
「私には、プリンセスタとしてこの結末を見届ける義務があります」
深夜になることは確実だったので、小早川さんに自宅へと連絡してもらった。警察からで両親もはじめは驚いていたが、なんとか認めてくれた。凛子ちゃんも母親より許しを得たようだった。
百合岡さんと守田さんとは、ここでお別れとなった。明日の午前から予定があるという。彼らは事務所の車で帰っていった。
署の駐車場、警察が所有する車両へと案内された。パトカーではない。主に刑事達が使用する、捜査車両と呼ばれるものだった。犯人に勘づかれないため、路上を走っている一般の車と同じだ。自分は詳しくないので、車種まではわからなかった。
私達はそこの後部座席に腰を下ろした。キャメルンは自分の膝の上だ。
助手席に座った小早川さんがこちらを振り向いて教えてくれた。
「今日は使いませんが、緊急用のサイレンはマグネットで着脱するんですよ」
まもなく、缶コーヒーを片手に持った国吉さんが運転席へと乗り込んだ。
エンジンが音を立てて、車はゆっくりと動きだした。




