第七話 心強い味方
私のスマホに着信があったのは、ちょうど自分が家に帰ったタイミングだった。
百合岡さん本人でなく、守田さんからだった。
「おヒサしぶりです……かまいたちジケンにツイテとのことデスが。どういったナイヨウか先にオシえていただけますか?」
相変わらず独特のしゃべり方だ。アフレコに慣れていないゲスト声優の発話にも似ている。
私ははっきりとした口調で答えた。事前に凛子ちゃんと話し合っていたことだ。
「解決につながる重要な情報を知っている人がいます。警察に話す前に、一度ぜひ聞いていただきたいんです」
「ソレはどのヨウナ人なのでしょう。教えてイタダケますか?」
「彼女は茴香女学園に通う高校生です。父親は外交官で――」
凛子ちゃんの父親と母親の名前を告げた。こうすれば相手も信用しやすくなると、凛子ちゃん自身から提案されたのだ。守田さんがしゃべる。
「先生におツタえしておきます。ジカンは一九時からイチ時間テイドですが、カマいませんか?」
通話を済ませ、必要だと思ったものとキャメルンとを通学用のトートバッグに入れた。キャメルンは不満そうだったが。
母親には、友人と一緒にご飯を食べて遊んでくると伝えた。
制服姿の凛子ちゃんとの関係を家族に説明するのは面倒そうだったので、駅で待っていてもらっていた。そこからのほうが百合岡さんの事務所に近いし。
駅まで引き返した。凛子ちゃんは駅前の書店で待っていた。二人で事務所へと向かう。日が暮れかけて、周囲は薄暗くなっていた。
事務所では、来客用のホワイトをしたオフィスソファに腰掛けた。二人掛けなので、右隣には凛子ちゃんが座っている。
やがて、湯呑みのお盆を持った守田さんと百合岡さんとが一緒にやって来た。横長のガラステーブルの上、私達の前に緑茶の入った湯呑み、中央に小分け袋のクッキーを入れたお菓子器が置かれた。二人とも夏用のスーツスタイルだった。守田さんは黒で、百合岡さんはグレーのテーラードジャケットをちゃんと羽織っている。
百合岡さんがしゃべった。
「濃飛県の県会議員、百合岡です。見屋さんはお久しぶりですね。それで今日は? 例の事件のことで話がしたいとか」
丁寧な口調だったが、かえって皮肉っぽくも感じられた。凛子ちゃんが立ち上がって挨拶した。きれいなお辞儀だった。
凛子ちゃんにも座るように勧めてから、百合岡さんは一人掛けのほうに腰を下ろした。
「申し訳ないですが、明日は市の合唱イベントに参加しなければなりませんので。二〇時ぐらいまででお願いします」
凛子ちゃんが私のほうを見た。うなずき、自分と彼女との間に置いたトートバッグを軽く叩いて促した。がさごそとキャメルンが中から出てきた。
「キャメルンキャル。地球の友人達のご好意に深く感謝するキャル」
彼はテーブルの少し上に浮かびながら制止した。言葉は私達で考えたものだ。百合岡さんと守田さんは唖然としていた。
地球上に存在しない生き物を表現するのに、宇宙人というのが一番わかりやすくてよかった。実際、地球の外から来たのだから噓でもないし。キャメルンは続けた。
「誠に残念なことながら、一連の事件の犯人は宇宙由来の超能力を悪用しているキャル。これを解決するため、地球の友人達にはご協力をたまわりたいキャル」
横で聞いていてすごいオカルトだなと思う。しかし、目の前に浮遊するこの茶色いふわふわモコモコが、なによりの証拠だった。
百合岡さんが話す。
「このラクダ、作り物じゃないでしょうね」
私がお菓子器を指差した。
「キャメルン、ここのクッキーを一個食べてもいいよ」
「いいキャルか!」
キャメルンは一個手に取って袋を破り、中身のクッキーを頬張った。うれしそうだった。私が質問した。
「作り物に見えますか? こんな精巧に動くロボットが作れたら、表彰ものですよ」
百合岡さんは黙った。今度、守田さんがたずねる。
「エンカクで会話ヲ別人がシテイルカノウセイは?」
凛子ちゃんが返答する。
「完全に否定することはできません。しかし、もし私が同じ仕掛けをするとしたら、『キャル』なんてわざとらしい語尾はつけさせませんね。言い間違えの元にもなりますし」
「キャル! キャメルンの語尾はわざとじゃないキャル。生まれつきキャル」
守田さんは困ったような表情をした。
「ソレで、モシそのウチュウジンが本物だとして、先生にイッタイ何をおネガいするツモリなのでしょうか」
私が向かい合った二人を見つめる。
「警察にこの件で私達を紹介してほしいんです」
凛子ちゃんが言葉を付け加えた。
「そうしたら、話も通りやすくなるでしょうから」
百合岡さんは無言でちらちらと天井のほうをながめている。戸惑っているようだった。
キャメルンが瞳をうるませる。これも私達の発案だ。
「地球の友人達の毎日の平穏がおびやかされていること、心より遺憾に存じますキャル。この不安と悲哀とがさいなむ日々に終止符を打つべく、よろしくお願い申し上げますキャル」
しばらくして、ようやく百合岡さんが話しだした。
「一つ確認しておきたいですが、警察への説明はちゃんとあなた達がしてくれるのでしょうね。こんなふざけた話、私からはできないわ」
私達二人は声を揃えた。
「もちろんです」
百合岡さんは大きく溜め息をついた。そして、守田さんのほうを見た。
「地域課の――彼に連絡をして」
守田さんがソファから立ち上がる。
「ショウチしました」
彼はスカイブルーのパーテーションの奥へと歩いていった。すぐに、「おセワになりマス」の声が聞こえてきた。
私達も立ち、百合岡さんにお礼を述べた。深く頭を下げる。キャメルンもしゃべった。
「地球の友人達による惜しみないご協力に、感謝の意を表明いたしますキャル」
百合岡さんは私へと目をやり、再び大きな溜め息をついた。
「イベントも今回も、まったくあなたは、いつもろくでもない問題ばかり……」
私は軽く謝った。当初の目的が達成されている以上、このぐらいは何でもない。
それから、百合岡さんは凛子ちゃんのほうに視線を向けた。
「御法山さん、あなたのお父様は大使とお聞きしたのだけど」
「はい。この件では百合岡県議に大変お世話になったと、よく父にも伝えておきます」
百合岡さんは微笑んだ。
「やだ。そんなつもりで言ったんじゃないんですよ」
けれども、愛想笑いにしては百合岡さんの口元がにやけていた気がする。抜け目がない――二人ともだ。
守田さんが戻ってきた。
「先生、レンラクいたしました。共同捜査ホンブの一つが愛知県――署にセッチされているソウで、ハナシはそちらにお願いできないカト。アチラもそこへ連絡してクダさるそうデス。どうイタします?」
そこは最初の事件――人材派遣会社で社長と社員の殺害が起きた名古屋近隣の市だった。百合岡さんが彼に言いつけた。
「車だと三〇分ぐらいね。悪いけど、そこの署まで運転を頼むわ」
「承知しマシた。カギを取ってマイります」
百合岡さんは腰を上げ、私達のほうを見た。
「行きますよ。あなた達も急いで。時間がもったいない」
外はすっかり暗くなっていた。
私達が白いミニバンの後部座席に乗り込む。百合岡さんは助手席だ。前に、Sci-Fi Spiegelの名古屋支店へと行ったのもこれだったな。事務所が移動や運搬のために所有する車なのだった。
車が走りだして数十分、やがて道沿いに建つ店舗も大きくなってきた。中には、既に営業を終えて暗くなっているところもある。その景色に、ガラスにうっすらと映った自分と凛子ちゃんの横顔とが重なった。




