第六話 初陣 その二 & かまいたち事件 その四
私はカプリコンにしゃべった。
「あのキライーヤ、攻撃を予知しているんじゃないかな」
彼女がたずねる。
「どの程度で?」
さすがに理解が早い。どの範囲まで先を見通せるかをカプリコンは気にしているのだ。もし制限がなければ、宇宙の誕生から終わりまでを知ることができる。こんなところで戦っている場合ではない。時間の区切りがあるはずだ。
あまりに長すぎると能力を活用できない。たとえば、私が当たることの確実なパンチを出そうとして直前でやめたとしたら、結果は変わってしまうのではないか。時間が長いほど未来の変化は多く大きくなる。それとも、変化をも含めた最終の結果をわかっているのか。逆に、短すぎても効果が小さいのは言うまでもない。
私とカプリコンと二人で高くにジャンプをした。真下に、ただ立っているだけのキライーヤが見える。攻撃がないと知っているのか。
跳んだタイミングに応じ、先に降下するのはカプリコンだった。彼女が相手の右腕に剣を振りかざす。キライーヤは二歩ほど後ずさりしたかと思うと、カプリコンへとこぶしを叩き込んだ。
私はそのまま着地。カプリコンが反撃を受けるのを黙って見ていたのではない。私は彼女へと伝えた。
「剣を構えてから三秒ぐらい。相手の予知は、だいたい五秒ほど先かも」
「その時間で考えておきます」
そろそろ決めよう。私はキライーヤの左脚へとパンチを放つ。これはよけられてしまった。しかし、予期していたことだ。目的は別にある。相手の右脚をつかもうとするのだ。
そのとき、カプリコンがキライーヤの真正面から斬撃を浴びせた。かなりのダメージを負ったはずだ。相手は仰向けに倒れた。
未来を見通せるとしても、すべての攻撃を回避することとはイコールでない。絶対によけられないものに対してはそうであると事前にわかるにすぎない。身体のどこかをつかんで叩きつけられたり投げ飛ばされたりは逃げにくいからな。キライーヤも優先してかわしたかったのだろう。
すると、他の攻撃に対してはわかっていても後回しにするしかない。カプリコンの剣を相手がむざむざと受けたのは、そのためだと思う。
キライーヤが小さくうめいた。
「……ケッコンマエ……ヤサシカッタノニ……アンナ……オコリカタスル……ナンテ」
カプリコンが私にたずねる。
「これはどういう状態です?」
「心の声だね。こうなったら、『ステラ・ブリリアント・シャワー』を当てればキライーヤが元に戻る」
「――なるほど。やり方が心に浮かんできました」
私のときもそうだった。キャメルンは星が教えてくれるとか怪しげな説明をしていたっけ。
カプリコンは右目の高さぐらいで横ピース、そこからウインクをした。
「チカキラりんっ」
まぶしい。圧倒的にきらめいている――これは私の感想。
彼女が両腕を肩と平行になるようにまっすぐ伸ばした。腕を顔の正面へと移動させていく。指先をダイヤモンドの形に構えた。
カプリコンが叫ぶ。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
組み合わせた両手からはベビーブルーの光が発せられた。私のとは色違いだが、同じくキライーヤの黒い身体が消えていった。
あとに残されたのは、二〇代後半の女性だった。ベージュのペプラムブラウスにライトブルーのデニム、白いミュールサンダルを着用していた。
「毎日一緒に暮らしているんだもんね。ケンカだってするか。ディナーは内緒でお気に入りのお店に行って心配させちゃおう」
結婚したての人かな。彼女は駅前のほうへと歩いていった。
ワニ人間がメイナに話している。
「やっぱり負けてんぜえ。実際、勝てるのかよ」
「二人目のプリンセスタについてもデータ検証を進める必要があるな」
彼らはさっさと退場した。
駐車場の自転車と私達の格好が元通りとなる。私はたずねてみた。
「どうだった? プリンセスタは」
「大変ではありますが、想像より困難ではないですね」
さすが。余裕の一言だ。しかし、二人で戦うというのはたしかに、少し安心感があった。自分ひとりではないとの気持ちからだろうか。
私はスマホを取り出した。やるべきことがもう一つ残っている。本当に自分達がしなければいけないのかは疑問だったが。
この話は長くなりそうだった。なので、けっきょく駅前のファミレスに行くことになった。
私は夕食もそこで済ませるつもりで、親へと連絡した。凛子ちゃんにも聞いたら、今晩両親は留守だそうだが一応伝えておくという。外交官の父は海外で、弁護士の母は明日午前に仙台高等裁判所での公判に出席するためホテル滞在とのことだった。
ファミレスで、私はハンバーグのプレートを、凛子ちゃんは海鮮パスタを食べた。
ゼタキライーヤのことを一通り彼女へとしゃべった。要点は四つだった。あのおじさん――杉名容疑者が悪い星の力を持っていたこと、彼がそれで物体の全部、または一部を遠隔で移動できたこと、今朝神戸の路上でその遺体が発見されたこと、同じ能力を所有した男子高校生が現れたこと。
ドリンクバーからアイスティーを手にして凛子ちゃんが戻ってきた。
「疑問点を整理させてください。まず、その高校生は何者なのですか?」
「わからない。ニュースによると、朝の六時頃、部活に行くと家を出て行方不明になったみたい子みたい。高校に来ておらずおかしいと思われたって」
「容疑者の遺体が見つかったのは八時前なのですね」
スマホの画面をスクロールして、ニュースサイトの記事を読み進める。
「八時前だね。死亡推定時刻は五時から六時の間って書いてある。検死の結果はまだみたい」
「だとしたら、二人が同時に存在していた可能性も、そうでない可能性もありえるわけですか」
凛子ちゃんの考えに気がついた。
「それってさ、おじさんと高校生が同一かもしれないってこと?」
「可能性の話です」
けれども、どうやったらそんなことが実現するというのか。魂を移し替えるなんて。能力があったとしても――私はゼタキライーヤとの戦いを思い出した。
「彼の能力は自身に対して使えなかったはず」
凛子ちゃんはしばらく悩んでいた。私はドリンクバーに飲み物を取りに行く。微炭酸のオレンジジュースを選んだ。
テーブルに帰ってきて、不意に私はひらめいた。
「次のように言えなくもないけど。霊魂と肉体を分離して考えた場合ね。自身の範囲が霊魂に限定されるとしたら、肉体は容れ物にすぎないから移動させることもできる。肉体同士を交換するの」
凛子ちゃんが返事をした。
「霊魂? そんな実在の疑わしいものを……」
「わからないけど。そもそも星の力が非現実的なものだし」
「その仮定の下では、能力も同様に移動できますね。あとは肉体が死ぬ瞬間に魂が分離すると扱えば、問題なく発動できるかもしれません」
途中から、通路を挟んだ向かいの席に座っているおばさん二人組にちらちらと見られていた気がする。霊魂だとかしゃべっていたから、怪しい団体の勧誘に思われたのかもしれない。
凛子ちゃんが質問をしてきた。
「その存在については保留するとして――他に気になっているのは、その犯人の前でプリンセスタに変身できるのですか?」
「これもわからないんだよね。直接に対面してみないとはっきりしないと思う」
プリンセスタへの変身はふさわしいタイミングでしかできない。杉名容疑者は能力持ちといっても生身の人間。プリンセスタの相手としてふさわしいかは、まだ判明していなかった。
ニュースによると、高校生による最後の事件は神戸で発生していた。地図アプリでざっと調べただけでも、ここから高速道路を利用して二三〇キロの距離がある。ちなみに、新幹線を使うと一時間半だった。運賃も自分は払える金額だが。高校生の凛子ちゃんはどうか。別に自分が出し渋るつもりはないが、結構な大金だし、きっと彼女も断るだろう。キャメルンの能力は一人だけが対象だし。
それに、実際に行ってみて、もし変身できなかったとしたら。ただの女子二人が、警官達を何十人と殺した相手に何ができる。新しく犠牲者として二名が追加――とは絶対になりたくない。
私はグラスに残っていたオレンジジュースを飲み干した。氷が溶けかけていて、味が薄まっていた。
「警察とかに協力してもらったほうがいいのかな」
「協力? プリンセスタの正体を明かしてですか? それでも信じてもらえるとは思えませんが」
話の内容が現実離れしているし、それをしゃべる私達の存在もこの世の常識から外れている。まず犯人も規格外だ。この超常現象をどうやって理解してもらえればいい。しかも、凛子ちゃんの指摘するように、プリンセスタとしての立場は隠したままで。難しすぎる。
彼女が問いかけてきた。
「何か相手を納得させるような、決定的な証拠はないのですか?」
「動画や写真は残っていないし。SNSで拡散された私の動画も特殊撮影の扱いだもんね……どうしようかな」
凛子ちゃんが自分のグラスに目をやる。アイスティーは既に空になっていた。
「妖精はどうですか。あれは自然界には存在しない生物です。それが動いてしゃべる様子には説得力があります」
彼女にはビデオ通話でキャメルンの姿を見せたことがあったけど。それだけで、この一連の事件に関する異常をわかってもらえるのだろうか。
加えて、凛子ちゃんはたずねてきた。
「警察の誰かと知り合いの人はいないのですか? 事前に話を通しておけば、少なくとも門前払いは避けられます」
プリンセスタでない私は、ただの女子大生にすぎなかった。彼女の言うような人は知らない。
「むしろ、凛子ちゃんのほうがいるんじゃないの?」
「親の知り合いにはいますが。私のではありません」
それすらも自分には――と言い返そうとした矢先、ふと思い当たった。ニュースの話題になったほどには有名な人だ。このときは悪い方面だったが。色んなことがあって会うのは少し気まずいし、向こうもあまり会いたくなかったのかもしれないが。
「一人いるかも」
「誰ですか。それは?」
「……県会議員」
百合岡れいこ、濃飛県の県議会議員だ。私がイベントでやらかして以来、それっきりだった。が、まだLINEの連絡先は自分のスマホに残っていた。
彼女へと、かまいたち事件について至急に相談したいことがあると送信した。議員事務所の所在地と、本物をじかに見せたほうがいいと考えて、いったん二人とも私の自宅がある市まで行くことに決めた。
ファミレスを出る。会計は割り勘にした。そして電車へと乗った。時刻は一八時半前のことだった。




