第四話 凛子の決心
明くる日、かまいたち事件は急展開を迎えた。
午前八時頃、杉名容疑者が神戸の路上で倒れているのが発見された。心臓は停止しており、死後硬直も始まりかけていた。病気や毒物かもしれないとのことで、近く検死が実施されるそうだ。
朝、駅のホームでスマホを見ていたときにこのニュースを知った。
さて、大学が終わると、すぐ電車へ乗り込んだ。
御法山さんの家の最寄り駅で待ち合わせることになっている。そこは私の自宅と大学との間にあった。
目的の駅で電車を降りる。時刻は一七時前。約束よりも早かったが、既に彼女は改札を出てすぐのところに立っていた。制服なのだが、この前とは違う。白い半袖のセーラーブラウスで、袖口とセーラー襟にはそれぞれ千歳緑のトリムが入っている。胸元には、バーガンディーのリボン。前回と同じく千歳緑のプリーツスカートだが、薄手のものに変わっていた。涼しげな夏服だ。高校からそのままやって来たようだった。
御法山さんに声をかける。
「ごめん。お待たせ」
彼女は頭を下げた。
「忙しい中、お呼びしてすみません」
どこか近くのファミレスにでも行こうかと提案したが、あっさり断られてしまった。もうすぐ夕食だし、持ち合わせもないとの理由だ。自分がおごってあげてもいいのだが。これも貸し借りはしたくないと拒否されてしまった。
そこで、私達は近所の公園へと歩いた。住宅街の中にあって、自分達を除けば誰もいない。
御法山さんがスカートのプリーツを両手で整え、ベンチに腰を下ろした。私も右隣に座った。
彼女はこちらを見る。
「以前にお話いただいたプリンセスタのことですが――私、やってみようと思います」
「理由をたずねてもいいかな?」
知っておきたい。たとえ同情からだとしても、彼女なりに考えた末の結果なのだ。尊重したかった。
御法山さんは正面を向き、遠く公園の奥にある家々のほうに目をやった。
「少し長くなるかもしれませんが――私の父は外交官、母は弁護士で、家にひとりでいることが多くありました」
高校や立ち振る舞いから、良家のお嬢様だとは思っていたが。ここまでとは。
彼女は視線を落とし、ちょっとうつむき加減になった。
「だからでしょうか。自立してひとりで生きることを考えるようになりました。すぐにはでありません。できるはずもない。そうでなくて――大学を卒業してから。将来の話です。今もその気持ちは変わりません。かまいたち事件の犯人はひとりだった。彼は望んでそうなったのでありません。しかし、ニュースを観て思いました。私のように自分の意思でしたとしても、先に待ち受けているのは彼と同様の結末ではないかと。二〇、三〇代だったらいいでしょう。できる自信もあります。ですが、彼のように四〇代後半、もっと六〇、七〇代になったときは? 同じようにひとりで生活を送れるのでしょうか」
現在の時点では誰にも答えられない問いかけだ。御法山さんは私を見つめた。
「わかりません。考えてみてもわからないのです。学校の勉強もスポーツもそれほど苦労はしてきていません。だから、誰かと一緒に何かをした経験がない。比較することもできないんです。だから、見屋さんとともに活動してたしかめたい。誰かと協力するとはどういうことか。そして、未来のためによりよい選択をしたいのです。こんな自分本位に戦うのは、見屋さんに迷惑でしょうか?」
「ううん。立派だと思う」
自分なんて、『プラチナドリーミングス』の劇場版パンフレットを汚されてだし。それに比べたら。
私は立ち上がり、右手を差し出す。
「よろしくね。凛子ちゃん」
相手を苗字でなく名前で呼ぶのは、二人の関係が深まってきた象徴となる。ひさぎのときは向こうから提案してくれた。御法山さんがそうするのかはわからなかったので、私のほうから呼んでみたのだ。
凛子ちゃんも立った。名前で呼ばれたことには何の言及もしない。構わないとの意味に自分は受け取った。彼女は私の手を握った。
「よろしくお願いします。見屋さん」
私達二人は歩きだした。公園を出て駅のほうへと向かった。
その途中、彼女に話した。
「私のこと、日香里でいいよ」
「いえ。そう気安くは呼べません。年上ですから」
こういうきっちりとしたところは、凛子ちゃんらしいと思う。
民家の前に自動販売機が設置されている。私は立ち止まった。
「のど乾いたし、飲んでいこうかな」
財布を取り出して、硬貨を自販機に投入する。ペットボトルのミルクティーを選んだ。
凛子ちゃんにもたずねた。
「何か飲みたいのある?」
「いえ。そういうのは」
「人の好意を素直に受け取ることも大切だよ」
そして、受けっぱなしではなく、どこかで同じぐらいのお返しをする。小中高での友人関係を通して学んできたことだ。
凛子ちゃんが返事をした。
「そういうものでしょうか」
再び硬貨を自販機に投入した。ボタンが一斉に緑色に点灯する。凛子ちゃんは少し迷ってから、缶入りの緑茶のボタンを押した。細くきれいな指だった。
缶の飲み口から唇を離し、彼女が話す。
「次は私がおごります」
なんとなく、凛子ちゃんだってわかっているのだ。きっと彼女となら、上手にやっていける気がする。
ちょうど二人ともが飲み終えた頃、私のスマホに通話アプリでの着信があった。毎回のことだが自分のアカウントからで、キャメルンがかけてきていた。
「二つニュースがあるキャル」
「悪いニュースから教えて」
「どっちも悪いニュースキャル」
普通、いいか悪いかの二つだろう。私は頼んだ。
「じゃ、あんまり悪くないほうから教えて」
「わかったキャル――また、かまいたち事件が起こったキャルよ。神戸の商店街で、警官を含む三名が死亡したキャル」
私は驚いた。
「だって、犯人は今朝死んでいたんじゃ?」
「手口はこれまでとまったく同じキャルが。今回の犯人は、部活の朝練で高校へと向かったきり行方不明になっていた男子高校生キャル。彼は駆けつけた警官達に要求したそうキャル」
「要求?」
「人が住めるほどの広さがある島を用意すること。さらにそこへ行く船を港に準備すること。加えて、一〇代後半から二〇代の美しい女性をその船に乗せておくことの三つキャル」
昔話の悪役じゃないか。小さい頃は意味がよくわからなかったけれど。今はただ、嫌悪の情が湧くばかりだ。
「事件が起こったのは一三時頃キャル。警察は要求を最初断ったキャルが、神戸市街を襲撃して何千人も殺すと脅され従うことにしたそうキャル」
色々としゃべりたいことはあるが。私はたずねた。
「もう一つのもっと悪いニュースは?」
「出たキャル」
「……キライーヤね」
「そうキャルよ」
通話を終えると、凛子ちゃんが質問してきた。彼女の胸元が光り輝いている。
「出ましたか?」
「うん。他にもあるけど、まずはキライーヤのほうを片付けよう」
凛子ちゃんがうなずいた。キャメルンによると、キライーヤが出現したのは駅前の駐輪場だ。彼女は緑茶の空き缶をゴミ箱に捨てた。
「変身はどこでしますか?」
周囲を見まわす。ここの公園、お手洗いの建物の陰でいいか。
そちらへ移動して、まずは自分が変身する。念のため、凛子ちゃんに見張っていてもらった。
凛子ちゃんの顔の真正面に、丸っこい変身コンパクトがぱっと現れ、彼女の手元へとゆっくり落ちていった。キャメルンが星の力で転送してくれたのだ。
コンパクトは自分のものとほとんど変わりがなかった。ケースは完全な円でなくカットしたジュエルのような一二角形。ただし、金色の上蓋中央につけられた石はサファイアブルーだった。複数の円や線による模様と銀のラメも大きくは違わない。
上蓋がひとりでに開く。宙に浮かんだコンシーラーのブラシが、凛子ちゃんの目元を整えていく。同じようにパフがとんとんとファンデを頬に押し広げる。
彼女が変身の口上を叫ぶ。
「平和つかさどる誠実の星、プリンセスタ・カプリコン‼」




