第三話 かまいたち事件 その三
詰んだ――といっても、それで戦いがすぐさま終わるのでもない。
ゲームだって、色々な選択肢があるわけで。悪あがき、自滅、放置、選べるのならば降参、台パン、コントローラーを投げたり本体を電源を切ったり。言っておくが、自分がしているのではないぞ。あくまでユーザー全般の話。
今回のキライーヤはこちらへと全力で体当たりをしてくる。これだけだが、ずいぶんと面倒だった。相手の攻撃中に触ると吹っ飛ばされてしまう。手出しできない。
なんとかならないか。それとも、本当に詰んでしまっているのだろうか。
とにかく、何でもいいから考えた。ゲームで電源を切るように、その場限りでも相手の存在ごと消すことができたらひじょうに助かるのだが。
ゲームか。ふと、思いついたことがあった。試してみるか。他に何の方法も発見できないし。
高くジャンプ。上空から、キライーヤがまっすぐに走っていくのが見下ろせた。
空中で大きく右足を振り上げる。狙いを定めた。キライーヤでなく――彼の進む先、がれきの山だった。
飛散するがれきの合間からかかと落としを浴びせた。効いている。いつもの感覚だ。
昔、友達と格闘ゲームで遊んだときのことだ。自分の持っているソフトで、当たり前かもしれないが私が一番強かった。操作に慣れていたからね。すると、他の二人が協力して、真っ先に私を狙い打ちにしてきた。前後から挟まれてピンチ。だったが、とっさに二段ジャンプをして両方の攻撃をかわした。
戦略は立体的に。
友達へと自慢げに発した言葉だった。
キライーヤの進む方向は、当然なのだが私にちがいない。言い換えれば前方といえる。さらには、地面に対して水平だ。相手の正面や横から接触して飛ばされるのは、私の位置がその方向と重なっているからだった。
けれども、キライーヤの上からだと異なる。地面に対して垂直なのだ。
アクション映画で、走行しているトラックの荷台の屋根に飛び降りるシーンがある。正面や横からだったら跳ねられて大惨事だ。これと同様の原理だった。
実は、キライーヤの後方からでも上部と一緒なのだが。こちらから離れていく相手に近づくことはできないからね。
本当は直接にキライーヤを狙ってもいいけれど、動いている対象に命中させるのは困難だ。だから、向こうが立ち止まる場所――要するに、行く手にあるがれきの山を目標に定めた。
相手が駆けだしてくる。また高くジャンプをした。キライーヤががれきの山に突っ込む。ビルだったものの残骸が飛び散る。しっかりと相手を見定めて。跳び蹴りだ。
キライーヤの背中に直撃した。相手はうつ伏せに倒れ込んだ。
「……カナイ……ウシナッテ……イキルイミガ……ナイ……セメテ……サイゴニ……」
左手で横ピースをする。
「チカキラりんっ」
両手で指先をダイヤの形に組んだ。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
ベビーピンクの光を浴びて、キライーヤは消え去った。
現れたのは、五〇代ぐらいのおじさんだった。ゼタキライーヤの彼とは違って、がっちりとした体型だった。
「お前の分まで、俺が生きろということか……」
ワニ人間がしゃべる。
「自由にやったのに勝てなかったぜえ」
彼は一瞬で立ち去った。
ばらまかれたがれきと、私の格好とが元に戻る。ただし、がれきの山はそのままだ。これらは戦いの前にかまいたちのおじさんが破壊したからな。
警官達が今回のキライーヤと化していた人のもとに集まってくる。これから詳しく事情を聞かれることになるだろう。
私は手近ながれきの山へこそこそと隠れた。別に悪いことをしたわけじゃないが。目撃者とかで呼ばれたら困ってしまう。東海地方の濃飛県から妖精の力で来ましたなんて説明できない。
他の山からすうっとキャメルンがやって来た。警官達は五〇代のおじさんのほうに注目していて気づかない様子だった。
「お疲れ様キャル」
今、自分の中で最大の関心事をたずねてみる。
「私達、家に戻れるんだよね?」
キャメルンは右手の親指を立てた。
「心配ご無用キャル。あと三〇分ぐらいで星の力が集まるキャルね」
「三〇分⁈ 来るときは一〇分だったでしょ」
「ここは星の光が届きにくいキャルよ。ライトがたくさんあるからキャルね」
都会だもんな。ちらっと夜空をながめてみても、星らしきものは見えなかった。
しかたなく、スマホを取り出す。御法山さんから返信があった。
御法山:テレビのニュースで知りました。
重大な事件にほかならないし、テレビで報じられていても不思議ではなかった。星の力のおかげで、キライーヤやプリンセスタも含めて戦いの最中のことは、人々から忘れ去られているはずだったが。
キャメルンに問いかける。
「ねえ、本当に三〇分もかかるの? 今、このことをテレビでやっているって」
「星の力の準備をしています。一二パーセント。電源を切らないでください」
どこのアップデートだ。けっきょく、五〇分ほど待たされた。
再びキャメルンを両手で抱きかかえて、自宅へと戻る。
リビングに行くと、ちょうど母親がそのニュースを観ているところだった。テレビのスピーカーからキャスターの声が聞こえてくる。
「……警視庁は、京都府で運送会社を経営する五四歳の男を、殺人未遂で緊急逮捕しました。男性はかまいたち事件の容疑者をトラックでひき殺そうとした疑いが持たれています。調べに対しては容疑を認め、『家内を殺されて生きる意味がなくなった。かまいたち事件の犯人に復讐した上で、自分も死のうと思った』と供述しています。男性の妻は京都府内の家電量販店に勤務していましたが、一連のかまいたち事件で殺害されたことが判明しています」
母親がしゃべった。
「かまいたちのほうの犯人も早く捕まるといいわね」
キャスターが言葉を続ける。
「『大相撲 名古屋場所開催直前スペシャル』の時間となりましたが、予定を変更してニュースをお伝えしています。警察は、一連の事件に関与している杉名誠容疑者の顔写真を公開しました。なぜ杉名容疑者は犯行に至ったのか。ここからは、その背景について詳しく見ていきます」
写真やフリップを用いて説明がされていく。
杉名容疑者は四八歳、濃飛県の出身だ。学生時代は地味で目立たなかった。高校の同級生の一人は彼のことを次のように語った。
「ほとんど印象に残っていない。友人が二、三人はいたはずで、ひとりぼっちでもなかったから余計に。体育とかイベントのときに、人数を意識して思い出すような」
大学を卒業後、杉名容疑者は契約や派遣社員として働いた。雇用形態の都合上、長くても四、五年で職場を変わっていたという。自動車部品の製造工場で一緒だった人によれば、とにかくおとなしかったそうだ。
「口数が少なかった。質問とかも自分からはしなくて、こちらがたずねてようやくする感じ」
六年前、彼は新しく人材派遣会社に登録をしていた。社長と社員二名が殺された、名古屋近隣の市にあった会社だ。
今年の二月、杉名容疑者は派遣先企業の半導体製造メーカーから雇用条件に合わないとの理由で派遣契約を打ち切られた。要するに、雇い止めだ。彼はこの件に関して同僚に不満を述べていた。最初の事件は恨みによる可能性が高かった。
ニュースでは、杉名容疑者によるSNSの投稿も報道された。さすがに、アカウント名やアイコンはぼかされていたが。キャスターが読み上げる。
「生きている意味はない。このまま何もできず、何も残るものはない。子供も妻も、友人でさえもいない。ただ死なずにいるからだけ」
この内容の通り、彼は実家にひとり暮らしをしていた。母親は半年前に亡くなっていた。二月まで容疑者は会社の借り上げたアパートに住んでいた。が、雇い止めで退去することになったのだった。
引き続き、二件目以降の事件についての解説が始まった。
部屋に戻る。御法山さんから着信があった。折り返しの電話をかける。すぐに彼女は出た。
「突然で申し訳ないのですが、明日空いている時間はありませんか?」
アルバイトの予定は入っていない。大学の授業が終わればいつでも大丈夫だった。そのことを伝える。
御法山さんがお礼を述べた。
「ありがとうございます。少しお話がしたくて……」
「話って?」
「会ってそのときに話します。では、よろしくお願いします」
通話を終えると、キャメルンがやって来た。
「凛子キャル? どうしたキャルか?」
「明日、話したいことがあるって」
「何の話キャルか?」
「それを明日話すんだってば」
キャメルンが溜め息をついた。
「もしかして、あきれられたんじゃないキャルか。日香里は『プラドリ』の話になると止まらないキャルからね。これでプリンセスタになるのを断れたら大変キャルよ」
事実かもしれないけれど。いくら自分だって、お構いなしに『プラチナドリーミングス』の話をしているわけじゃない。
直接に会ってするような話だから、大事なことにはちがいないはずだが。当日まで、謎は深まるばかりだった。




