第五話 お出かけ水族館 その二
昼食代は御法山さんが二人分を支払うと主張した。テーマパーク料金だし一度は断ったが、私の分が入館料と同じぐらいだと反論されたら何も言えず、お願いすることにした。
その後は色々な魚を目にした。スーパーで見るイワシやサバ、白に黒いボーダー柄をした魚、オレンジに黒い斑点の入ったひらひらと派手なもの、エイやサメなど。
深海の生き物エリアに行く途中、自販機コーナーのところで興味深いイベントが開催されていた。真珠の取り出し体験だ。
スタッフに料金を各自で払い、説明を聞く。御法山さんもやることにしたのだった。手順はそんなに難しくなくて、ボウルの中からカキみたいな真珠貝を一つ選び、専用のナイフを差し込む。そして、貝柱だと思うがこいつをナイフで切り離すのだ。まあまあの力を入れて押し切るのだが、ナイフといってもバターナイフのようなもので、つるりと滑る。なんとか切り離すと、手とナイフとで貝をぱきっと開く。身が出てくるが、これはホタテに似ていた。ピンセットを使い、その身に埋まっている真珠を探して取り出す。最初は全然わからなかった。
私の真珠は一部ブルーの混ざった五から六ミリぐらいの白い粒だった。スタッフの人が話した。
「ナイスパールです!」
御法山さんのほうは基本ホワイトに見えるのだが、表面にうっすらとピンクの膜が張っているように輝いていた。形は雪だるまや団子のように五ミリほどの粒が二つくっついている。
スタッフの人も驚いた様子だった。
「これはかなり珍しいやつですよ。ナチュラルピンクのダブル真珠です」
取り出した真珠は、その場でアクセサリーやストラップに加工してもらえる。私達は二人ともストラップを選択した。ある意味、これもお揃いかな。
深海の生き物エリアを過ぎ、次はウミガメの水槽を見ようとしていたところだった。突然、御法山さんの胸元が光りはじめた。はじめて地下鉄の駅で出会ったときのように。
その直後、私のスマホに通話アプリで着信があった。自分のアカウントからだ。留守番をしているキャメルンからだった。
「キライーヤが現れたキャル!」
「外出中なんですけど」
「日香里のすぐ近くキャルよ」
御法山さんが私の右肩を軽く叩いた。
「あれじゃないですか?」
ここは南館の二階、窓から屋外を見下ろすことができた。ちょうど、芝生の広場になっているところに、黒いあの巨体がちらりとたしかめられた。あそこは北館と南館の間にあって、連絡通路が通っていたはず。
逃げてくる人達とは逆にそちらへと向かう。御法山さんもついてきた。今の状態では周囲から異様に目立ってしまうからね。できればプリンセスタに変身して一緒に戦ってほしい。
先程は何人かの来場者とすれ違ったが、避難が済んだかすっかり姿を見なくなった。なので広場の隅、建物の陰で御法山さんに見張ってもらいながら変身した。
彼女のほうは変身しなかった――というよりも、できなかった。コンパクトもなかったし。
ワニ人間とメイナは広場の芝生の上に立っていた。ワニ人間がしゃべった。
「なんだあ。本当に来たのかよ」
メイナが言葉を続けた。
「この宇宙の地球本地域では、休日といえば一般に土曜か日曜だ。星の力の追跡精度もステラヤードの妖精レベルにまで向上している」
思わず私は言い返した。
「人の邪魔ばっかりして‼ せっかくの楽しいお出かけが台無しなんですけど」
ワニ人間が反論する。
「毎回邪魔してるのはそっちだろうが」
メイナが御法山さんに気づいた。
「今日はもう一人――なるほど、あの光を見るにプリンセスタの候補か。まだ変身はできないみたいだが」
キライーヤがこちらにやって来る。相手がパンチを繰り出してくる。まだ自分の足で数えて約五歩分も離れている。こんな距離では命中しないだろう。と思ったが、私の右肩あたりに当たった。
敵をながめる。元々キライーヤは人型だが、人体と比べると腕がテナガザルのようにだらんと長かった。しかし、それでも約五歩分も離れていれば届かないはずだ。今回の個体もこれまでと外見には大差がないように思える。
どうして。なぜ命中した。
原理はわからないが、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。キライーヤに近づき、右の脛を狙ってローキック。相手はそのままよけることもしなかった。
だが、効いてない。感触がないのだ。
キライーヤが再び左足でキックを放ってきた。私とは一〇歩ほどの距離がある。なのに、右脇腹に直撃して吹っ飛ばされた。
起き上がると、相手は私の後ろにまわり込んでいた。くるりと自分も身体の向きを変える。
その瞬間、背中に攻撃を受けた。たぶんキックだろう。
明らかにおかしい。私は御法山さんのほうに目をやった。彼女は南館建物の陰からこちらをうかがっていた。私がたずねる。
「なんか気づいたところがあったら、教えてほしい」
いつもはキャメルンなのだけれど。今日はいないので代わりに。御法山さんが答える。
「気づいたところって――あなたとあの黒いのとの位置関係、この広場の面積を超えています」
「ごめん。具体的に教えて」
「認識できていないんですか。だって、あなたと黒いのとは何百メートルと離れているんですよ」
キライーヤのほうを改めて見る。そんなはずは。だって、自分とキライーヤとは一〇歩もないぐらいなのだ。
御法山さんの目には何が映っているのだ。それとも自分が変なのか。もしかすると、両方かもしれないが――光の屈折やらそのへんを応用してキライーヤの位置がずれて見えるとか。
別のパターンもある。この空間自体が錯覚を起こさせるようなところだったり、SFによく登場する観測での量子のゆらぎみたいなことだったり。女の子向けの作品にも、周囲への影響を考えて別空間に移動して戦うものは存在する。
どれだとしても面倒だった。相手の攻撃は避けられないし、自分のほうも当てられない。
キライーヤはこちらに背中を向けて歩きだした。とても戦いの最中とは思えない行動だ。けれども、そんな感覚はもう信用できなかった。今、相手は私の背後にまわり込んで、それこそ何か攻撃を浴びせてくるかもしれないのだ。
急にキライーヤが振り向いた。そして、右手でパンチをしてきた。私との距離は歩数で表現できないほど遠かった。
とっさに両腕をクロスさせて構える。ダメージは受けなかった。ガードすることはできるようだ。
ふと思った。こうやってずっとガードし続ければ、キライーヤが力尽きるとかはないのだろうか。ゲームでのMP――マジック・ポイントだかマジック・パワーだかのように、使い果たしたら何の攻撃もできなくなるとか。あれは特殊攻撃だけか。だが、相手の活動のみなもとは悪い星の力なのだから、物理だろうと特殊だろうと同じはずで。とにかく、能力が出せなくなって、このおかしな距離感が元に戻ればいい。想像は広がっていく。
そのとき、背中に打撃を受けた。つい前のめりになって、数歩進み出てしまった。




