第三話 ユルセナイヤの新幹部メイナ その二
いっそのこと、何もかもを忘れてしまったほうがいいのではないか。
プリンセスタであることも、得体の知れない黒い怪物も何も知らない。面倒な戦いから解放された普通の大学生。
ささやかな願いだ。それでも、現実に自分はプリンセスタだし、目の前にはキライーヤがいる。
相手の発する黄色い光を浴びると、思っていることを頭から消されてしまうのは間違いないらしい。
しかし、昔から知っていること、たとえば家族の名前や自宅の住所などはしっかりと思い出せる。自分がプリンセスタということもだし、キャメルンやワニ人間、最近現れたメイナの存在も忘れていない。『プラチナドリーミングス』のこともばっちりだ。アニメ本編の第一話では、主人公達がアイドル学校の編入試験を受けて合格する――消失の対象は直近のことに限定されているようだ。
どうやって対応したらいい。メモでもしておくか。幸運にも、ここは公園で地面は砂だ。いや、この場に書いてもしかたない。攻撃の直前に見られる場所でなければ意味がなかった。そんなのは相手の動き次第だし、予想できない。
プリンセスタがもう一人いれば解決するのに。攻撃役と伝達役に分かれ、伝達役がメモの内容を読み上げる。攻撃役はその通りに攻めるのだ。キャメルンでもいいが、一回きりのおとり役とは違う。伝達役だったとしても、何度も敵の前に出ることになるかもしれない。よりいっそう危険だった。
御法山さんからの返信は来ているだろうか。早く一緒に戦ってほしい。急に気になってきた。
キライーヤがこちらに歩いてくる。そして、キックを浴びせてきた。私は両腕を組んでガード。こんな場面だってもう一人プリンセスタがいれば、この後どうすればいいかもメモで教えてもらえるのに。
予期していたように、相手の身体が黄色く発光した。
私はキライーヤのキックを防いだ。どうして。驚きだ。ガードを思いつきしっかりと実行した。当然のことだが、今この状況では珍しかった。
消失の対象は一つだけなのか。だとすると、自分が忘れてしまったのは何だ。
どこかにメモを残していれば思い出せたのかもしれないが――そうだ、伝達役だ。もう一人のプリンセスタ。御法山さんからの返信はどうなった。
跳躍し、キライーヤから少し離れる。スマホを取り出すと、植え込みのほうに目をやった。
「キャメルン‼」
スマホをキャメルンに向かって投げる。プリンセスタの身体ならば、コントロールも抜群だった。見事にキャメルンはスマホをキャッチ。
私が伝える。
「ごめん。御法山さんからの返信をたしかめてほしい」
「キャル」
キャメルンが画面を見てくれた。
「まだキャル! 既読も付いてないキャルね」
「ありがとう。しばらく持ってて」
ふと思った。キャメルンにスマホでメモを取ってもらおうか。アプリの使い方は彼も知っているはず。
だが、その前に確認しておきたいことがあった。跳躍してキライーヤに接近する。相手の右脚を狙ってパンチ。黄色い光を浴びた。
効いた。感覚でわかる。頭に浮かんでいた何かは忘れてしまったが。
だけれども、確認したいことは覚えている。そして、その予想が的中したことも。
ワニ人間がベンチから立ち上がった。
「おい! なんで攻撃できるんだあ」
メイナは座ったままでしゃべる。
「能力の仕組みに気づいたか」
私は高くジャンプする。キライーヤを目がけて跳び蹴りだ。同時にイメージする。『プラチナドリーミングス』のグレチェント・パフォーマンスだ。元々はアーケード版のゲームで一定の条件を満たすと発動できる。条件について、今は細かく説明している場合でないので割愛。これをやると高得点につながりやすい。『プラチナドリーミングス』は得点に応じて、「合格」か「不合格」かを判断されるゲームなのだ。ドラマなどのオーディションを模しているからだろう。さて、このグレチェント・パフォーマンスの演出は、ステージ上のアイドル達が上昇して滑空し決めポーズをするのだ。アニメのライブシーンでも再現された。今ここでの私の決めポーズこそ跳び蹴りだった。
キライーヤの光を浴びる。それでも相手の背中に跳び蹴りが命中した。彼はよろめき、前のめりに倒れ込んだ。
相手の左手をつかんで引っ張る。ここでもイメージは大事だ。『プラチナドリーミングス』で序盤から終盤までよく登場する特訓、グラウンドをならすローラー――通称コンダラを引く様子を頭の中に浮かべる。
後ろに引きずるキライーヤの身体が光るのがわかった。両腕にぐっと力を入れ、相手を持ち上げて投げ飛ばした。
光で消される対象が一つなのは既に判明している。あとは、その一つがどのように選び出されるかだった。
実際に消されてしまった内容はわからないが、それより前の思考をたどって推測することはできる。最初に相手によるキックのガードが成功したとき、おそらく二人目のプリンセスタ、御法山さんのことを考えていたはずだ。もうじき彼女と出会って一ヶ月になる。ともに戦ってくれるにはどうしたらいいかを考え、水族館へのお出かけも計画した。最近の自分の中では大きな関心事だ。
それで、ひらめいた。光を浴びる直前に複数の事柄を思い浮かべていると、本人にとってより重大で印象的なほうが消されるのではないか。自分の中で印象に残っているものといえば――やっぱり『プラチナドリーミングス』だろう。なので、攻撃をするときに作品と関連づけてイメージしてみた。
改めて『プラチナドリーミングス』にはお礼を述べたい。こんな形でも助けてくれて。自分は『プラチナドリーミングス』に生かされているといっても過言ではないのだ。
キライーヤは前のめりに倒れたままで起き上がらない。
「……オレダッテ……ホシイ……ウラヤマシイ……カワイイ……カノジョガ……」
心の声ね。左手で横ピースをする。
「チカキラりんっ」
ワニ人間は立ちっぱなしだった。
「最近は攻撃を受けるとすぐにやられちまうぜえ。どうなってるんだ」
メイナが返事をする。
「能力と体力のバランスが上手に取れていない。悪い星の力の比率を再検討する必要がありそうだ」
私が両手の指先をダイヤの形にして、キライーヤへと向ける。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
ベビーピンクの光に包まれて、キライーヤの姿が見えなくなっていく。
現れたのは、Tシャツにブラックのトラックパンツを履いた高校生ぐらいの男の子だった。
「俺だって自分を磨いて、女の子のハートを奪ってみせるぞ!」
キライーヤと化したあなたが奪ったのは記憶だけどね。ランニングの途中だったのか、彼は走って去っていった。
ワニ人間がメイナに話しかけている。
「また負けたじゃねえか。本当に大丈夫なのかよ⁈」
メイナがようやく立ち上がった。
「収集したデータの分析を早急に進めなけばならないか」
二人はさっと一瞬で消えた。相変わらず、ワープのような移動だった。
今回、破壊はほとんどなかったが公園が元通りになる。自分の服装も変身前のものに変わった。
植え込みのほうからキャメルンがやって来る。手には私のスマホを持っている。
「くう、一足遅かったキャル。今になって返信が来たキャル」
「今来てもしょうがないよ。一緒に戦ってほしかったんだけどな」
キャメルンからスマホを受け取る。画面を見て、私ははっとした。
御法山:日曜の準備をしていたので気づきませんでした。すみません。
ちょっとうれしかった。戦いに来られなかったのは残念だけど。それでもいいと思えた。
「彼女はとんでもないものを盗んでいきましたキャル……日香里の心です、キャル」
そういえば、配信サービスの視聴履歴にあった気がするな。留守番中に観ていたか。
キャメルンが右目でウインクをした。
「では、失礼しますキャル」
帰るところは一緒だがな。私達は公園を出た。




