第四話 よくない気配
※この話の冒頭五行では殺人事件が描かれています。
比喩のみで直接的な描写はありませんが、注意してください。
月曜、私の住んでいる地方――名古屋近隣の市で事件が起こった。
ネットでもテレビでも、読んではいないがきっと新聞でも報道されたはずだ。
人材派遣会社の事務所で、社長と社員二名とが殺された。現場は実に悲惨だった。一五坪の事務所、いたるところが血で赤く染まっていたという。そのような場面に慣れているはずの警察官でさえ、何人かは気分が悪くなったのだとか。
あんまり想像したくないけれど、犠牲になった人達は全身がばらばらになっていた。不気味なのは、その手口がさっぱり判明しないことだ。
ここまですることのできる切れ味の刃物は、この地球上に存在しなかった。警察の試算では、日本刀やのこぎり、斧だと新品が一五本以上、何十時間もかけてようやく実行できるレベルだという。犯行の推定時刻は午前一〇時頃、朝の八時過ぎに被害者が出勤してきたことを考えると、あまりにも短い。重機や爆薬を使えばもっと簡単だが、重機にはスペースの都合があり爆薬も焼け跡などは見つからなかったことから、可能性は低いそうだ。
と、そんなわけで、この事件はしばらくの間、このあたりの住人の結構な話題となった。母親ともだし、大学でも友達とちょっとしゃべった。
キャメルンもネットニュースで知ったようで、大学から帰って着替えている私に話しかけてきた。
「怖いキャルね。人間社会はぶっそうキャル」
当然だが、女の子向けの作品でこんな事態が描かれることは決してない。言うまでもないか。しかし、誤解されがちなことがある。確実に「殺し」は避けられるが、意外にも「死」については明確な表現が見られるのだ。一番多いのは、母親や父親が既に亡くなっているパターン。母の日や父の日に関連したエピソードでよく語られる。それから、敵キャラクターの生まれ変わり――生まれ変わりなので一度死を経ていたり、大切な伴侶とのお別れを迎えたり。小学生女子を対象にした『プラチナドリーミングス』では、私達が日常の会話で使うように「そんなことをしたら死んでしまうわ」との台詞で実は登場している。いいか悪いかの話ではない。実際、私も含めてそういったことをしゃべったり、人生で死を意識する場面はある。そうおかしなことではないだろう。
水曜には、容疑者の男性が特定された。自宅で警察が取り押さえようとしたが、激しく抵抗され、警官二名が重傷を負った。しかも、けっきょく捕まえられなかったそうだ。
男性は逃亡、現在警察はその行方を追っているという。
タブレットを見ながら、キャメルンがまた言及した。
「この人は捕まるキャルかね? 早く捕まらないと、みんな平和に暮らせないキャル」
自分に言われてもな。数ある事件の中でこいつを話題にしているのは、後々私達と大きく関係するからだ。といっても、もちろんこの時点ではまだ知るはずもない。
土曜は朝から夕方までバイトだった。雨宿りで寄る客が多かったからか、とにかく忙しかった。
こんな日は、お風呂に入ってゆっくりとリラックス。自分が最後だったので入浴剤を使った。最近、ひさぎに教えてもらったやつだ。きれいなバイオレットのお湯からは、すっと鼻を突き抜けるようなさわやかさにグレープを思わせる甘さを少しだけ混ぜた香りが立ちのぼる。ラベンダーだ。精油と数種のミネラルとが配合されていて、肌はしっとりすべすべに。
ぽかぽかと身体が温まってくる。いい気分だ。
そのとき、ドアが突然開き、キャメルンが浴室に飛びこんできた。
「悪い星の力キャル‼ 出たキャル!」
このタイミングでか。面倒そうに私はたずねた。事実、その通りだったし。
「キライーヤ? ゼタキライーヤ?」
「悪い星の力はキライーヤキャル。早く服を着て行くキャルよ」
言われなくても。裸で屋外に出るわけがない。
「あと一〇分待って‼」
プリンセスタはゆっくりお風呂に入ることすら許されないのか。仕事だったらなんてブラックな。お金はもらえないからそれ以下かもしれないが。せっかくのいい気分が台無しだった。
急いでお風呂から上がり、シャワーをさっと浴びてから浴室を出る。シャンプーなどは既に済ませてあった。バスタオルで全身の水気を拭き取り、インナーを着る。普段のようにルームウェアも着るつもりで用意したが、今から外に出るのではね。他に代わりがないので、とりあえずショートパンツだけは履いておく。
その後はスキンケア。洗顔はしてあるので、化粧水を肌につけ染み込ませていく。さらに美容液、乳液、クリームの順で手早く顔に塗っていく。
普通、外出するとなれば、夜だから日焼け止めはスキップするとして、次に化粧下地を使うのだが。ひとまず今、メイクするかは保留。
洗い流さないトリートメントを髪になじませる。そして、ドライヤーの温風を根元に当てながら乾かしていく。根元から毛先へ。ほぼ乾燥したら温風を弱め、手ぐしで形を整えながら仕上げていく。最後に冷風をまんべんなく当ててつや出し。
キャメルンが叫んだ。
「早くするキャル。いつになったら出かけるキャルか‼」
気づけば、お風呂から出て一五分ほどが経っていた。いつもとだいたい同じぐらいだ。
キャメルンをなだめながら、自分の部屋に戻る。ショーパンを外用のワイドパンツに履き替えてから変身。メイクはやめた。帰ってきてからまた落とすのも大変だし、夜なのでよく見えないと信じよう。
LINEで御法山さんに連絡しておく。時刻は二三時前、通話だと迷惑かもと考えた。
お風呂に入ってさっぱりしたのにまた外に出るのか。キャメルンが騒ぐ。
「何しているキャル‼ 早くキャル!」
このままためらっていても彼がうるさいだけなので、窓からジャンプして出た。
キャメルンに案内されてたどり着いたのは、スーパーの駐車場だった。地方なので、何百台も入れるような広いところだ。本日の営業は既に終了していた。
キライーヤにされた人がどうしてここにいたのか、事情はわからない。店で働いているのか、偶然に通りかかったのかもしれなかった。
ワニ人間は――いた。カート置き場のホッチキスの針みたいな形をした金属製のパイプに腰掛けていた。
彼には文句の一つでも言わないと気が済まない。
「ちょっと! もう少し時間を考えてくれる⁈」
前にも同じことを話した記憶があるが、今はそのときの時刻よりも遅かった。ワニ人間はあくびをしながら言い返した。
「俺じゃねえ。俺だって眠いんだぜえ」
「だったらもっと別の――」
私が続けようとしたところで、店舗のほうから一人が近づいてきた。メイナとかいう少女だ。
「夜分遅くに失礼。この時間帯にしたのは私の発案だ。変身前の生理現象がプリンセスタにも影響するかを調査したい」
彼女はワニ人間のほうを見た。
「クロボロサス君。そろそろキライーヤに戦うよう指示してくれ」
ワニ人間は投げやりな口調でしゃべった。まるでキャメルンに受け答えをする先程の私みたいだ。
「へいへい……キライーヤ。プリンセスタをやっつけろ」
メイナがぴしゃりと彼に言い放った。
「ユルセナイヤが私に、君を監督するように命じた。わかっていると思うが、満足いく働きをしなければ、君は悪い星の力を没収されるぞ」
ワニ人間は背筋を伸ばし、左手を宙に掲げてはきはきと返事をした。
「イエス・ダイル!」
急に情報量を増やしてくるな。といっても、自分にとって有益なものは何一つなさそうだったが。
キライーヤがこちらを向く。右の手のひらを前方に突き出し、私のほうに示してきた。
その瞬間、グレーの丸い光がまっすぐに飛んでくる。魔法弾のようなものだった。突然だったので回避も何もできずに自分へと直撃した。
爆発に巻き込まれ、後方に倒れ込んだ。視線を相手のほうに向ける。キライーヤが二発目を放ってきていた。右側に転がってよける。花火の連発みたいに音と光とが駐車場のアスファルト上にばちばちと続けざまに生じた。
両手を地面について跳ねるようにさっと立ち上がる。
連射もできるのか。相手が右手をこちらに掲げ、光の弾を放ってくる。側転しながらかわす。プリンセスタなら余裕だ。私の動いた跡を、爆発が尾を曳くようになぞりながら生じた。
周囲を見まわす。だだっ広い駐車場には、時間帯もあって車は一台もいない。その他にも、敵の攻撃を防げそうなものは何も見つからない。
キライーヤによる遠距離攻撃。プリンセスタ――少なくとも自分にはかなり厄介だ。なぜなら、こちらには直接に殴る蹴るという手段しかない。相手に接近しなければならないのだ。ステラ・ブリリアント・シャワーは決め技だから除外だぞ。銃にナイフで立ち向かうようなものじゃないか。しかも、場所も悪い。銃で思い出したのだが、FPSでいったら遮蔽物が何もない状態だ。
キライーヤが光の弾を連射してくる。見切れるだけマシか。自分のすぐ左横でばちばちと爆発が起こっている。
スーパーの駐車場でドンパチって、どこのアメリカ映画だ。シリーズの第一作目のやつね。いや、ショッピングモールだったっけ。車は一台もいないのだけど。過去に戻れるなら、当時は入手できなかった『プラチナドリーミングス』のカードを――。
余計なことを考えている場合ではなかった。立ち止まって両腕を胸の高さでクロス。ガードの構えだ。飛んできた光の弾が爆発する。踏ん張ったので倒れなかったが、後方に押しやられた。
肘を動かすと、軽い筋肉痛のようなものを感じた。自分にダメージが入っている。つまり、光の弾を完全に防ぐことはできないのだ。
どうしようか。どう戦ったらいいのか。
ワニ人間とメイナの二人がこちらを見つめている。戦況が有利だからか、ワニ人間はにやついていた。メイナのほうは表情からだけではよくわからなかった。




